<07-08 2001年12月01日(土)公開>
私たちの体は常に健康な状態を維持するために、外界(環境)の変化に対して、複雑な防御機構をつくり上げています。異物が体内に侵入した場合、異物を処理し体外に排出します。例えば、卵を多量に食べ続けた場合、体が「卵は体にとって害がある」と認識すれば体外排泄するための一連の反応が始まります。この反応の一つがアレルギー反応です。アレルギー反応は、外界から自分を守るための免疫機能の一つです。しかし、何かの原因で反応に歯止めがかからなくなってしまうと、様々なアレルギー疾患を起こしてしまいます。アレルギーが暴走し、全身に急激に起き、自らの生命を断つことような状態までに至ってしまう場合がアナフィラキシーと言われる疾患です。
アナフィラキシーはアレルギー体質の人にとって最もなりたくない病気です。原因となるものを食べる、触る、吸い込む、注入される(虫刺されや注射)などによって体内に入れてしまった後に、突然、短時間のうちに進んでしまう全身の反応で、アレルギーの暴走と考えることができます。血圧が下がってしまい、生命の危機を伴う時はアナフィラキシーショックと言われます。アレルギー疾患の中で最悪の病気です。
アナフィラキシーは表のような症状の一部、または全部が多少の時間差で起こります。じんましんのように皮膚の表面だけでなくもっと深いところで起こるので全身がむくみ、腫れ上がります。呼吸器や消化器、神経系、循環器など内臓臓器も腫れるため機能異常を起こし様々な症状となります。
これらの症状は、原因物質との接触の後、@早い場合は数分から多くは30分から2時間ほどで始まり数時間で終息していく即時型(はっきり型)および、それに続く遅発型の場合と、A5〜6時間以上経てから始まり数日続く遅延型(かくれ型)の場合が混在して起こります。重症な場合には@の反応が短時間に急激に起こり、病院到着の前に致死的な状況になってしまうことがあります。
それぞれの症状について見てみましょう。次のような症状全部が同時または次々と、またはいくつかが組み合わさって進行していきます。
多くの例でこの症状がアナフィラキシーの始まりとなります。体の柔らかいところ、例えば、唇、まぶた、首、肘の内側、ひざ裏などが赤みとともに薄く盛り上がり、地図状に広がっていきます。特にアレルギー反応が強い場合は口の粘膜から吸収され口の周りや頬からじんましんが急速にはじまります。広がると隣のじんましんとくっついて大きくなっていきます。目にじんましんが起きると、白目の部分がゼリー状に腫れ上がり、黒目の部分がゼリー状のものの中に埋まってしまいます。かゆみがあるはずですがアナフィラキシーの場合は痒いと思う時間的な余裕はないようです。他の具合の悪さで隠されてあまり痒みは目立ちません。じんましんは皮膚の表面の病気です。
皮膚の表面よりもっと深いところが腫れ上がり皮膚の表面は赤くなります。ただし、病気の初期は赤みが目立たず、青白くむくむことがあります。その後に赤くなっていきます。じんましんが、皮膚表面の症状であることに比べて、浮腫は全身性で、皮膚のより深い場所での症状です。食物が原因の場合には口唇がタラコのように腫れ上がることがあります。
原因となる食品を食べると、口のなかの粘膜や腸の粘膜が腫れ上がるため様々な消化器の症状を起こします。食べた直後に何か変な味を感じることがあります。しばらくすると吐き気が起こり、原因食物を吐き出してしまいます。吐き出すと、以後の症状が軽くなります。また、多くの場合には腹痛が起こり、下痢となります。下痢して原因物質を体外に排泄することによって、体を守ろうとします。アレルギー症状が強く粘膜の損傷が強い時は、血便が起こることもあります。
鼻の粘膜、喉や気管・気管支の粘膜が腫れるため空気の通り道が狭くなってしまい、呼吸が苦しくなります。咳が出て気管支喘息の発作を起こしてしまいます。声が急にかれてしまうこと(嗄声)があります。喉の奥が腫れると呼吸が急にできなくなることがあります(喉頭浮腫・クループ)。肺の酸素を体内に取り入れる場所(肺胞)が腫れると酸素の取り入れが悪くなり、血液中の酸素濃度が減り、息苦しさを起こします(呼吸困難)。
肺の中が腫れると胸痛を起こすことがあります。心臓もむくみを起こしたり、心臓を支配している神経の働きがおかしくなると動悸を覚え、不整脈を起こすことがあります。
神経系統の働きがおかしくなったり血圧が下がることで、めまいが起こります。脳が腫れたり、酸素濃度が下がったりするために頭痛がはじまります。全身の血管がいっきに広がるために血圧が下がってしまいます。
脳の神経の働きがおかしくなったり、血圧が下がるため意識が悪くなります。また、訳のわからないことを言い始めたり、ひどい場合はけいれんを起こしてしまいます。
そして、最悪の場合は呼吸困難・血圧低下のために、呼吸停止・心停止となり、帰らぬ人となってしまいます。
アナフィラキシーが運動によって起こされた場合には、運動誘発性アナフィラキシーと言われます。運動誘発性アナフィラキシーが、原因食物を食べることによって起こる場合には食物依存性運動誘発性アナフィラキシーと呼ばれます。
重症で急激に進行するアナフィラキシーを起こした場合、その対応が迅速で適切であれば生命を守ることができます。命にかかわる症状は、突然起こる呼吸困難(のどが腫れて呼吸ができなくなってしまう喉頭浮腫、気管支喘息、吐き出したものでの窒息)と血圧の低下(ショック)・けいれん・不整脈(脈が乱れ脳に血液が送れなくなる)です。
アナフィラキシーを起こした時、またはアナフィラキシーに進行することが強く予想される時、まずしなければいけないことは、原因となるものを取り除くことです。食べ物が原因と考えられる場合は、食べたものを吐き出すまたは吐き出させることです。多くの場合は食べた本人が吐き出してしまいます。吐き出さない場合はお腹に手を当てて軽く押しつけ、喉に指を入れて吐き出させます。吐き出した時に吐物を気管に吸い込まないような体位にします。具体的には寝転んで体を横に向ける(顔だけ向けてもだめです)か、かがみ込ませて顔を下方に向けます。吐いた物を気管内に吸い込んでしまう可能性が高い場合(アナフィラキシーがかなり進行し、気道が狭くなり呼吸が苦しい時、意識がないか低下してもうろうとしている時など)には、無理に吐き出させない方が良いでしょう。接触した物で起こったことが考えられる場合はその物質を即座に拭き摂るか洗い流さなければいけません。
同時に周囲にいる人をできるだけ多く呼び集めて下さい。これから先、何が起こるかわかりません。
原因を取り除いたら衣服をゆるめ、仰向けまたは横向きにして寝かして下さい。意識がおかしい時は血圧が下がってきている場合があります。足の下に何か物を置き両下肢全体をやや高くしてください。足の血液が体の方にまわって血圧が少し改善するかもしれません。
飲める状態ならすぐに薬を飲みます(気管支拡張剤・抗アレルギー剤・抗ヒスタミン剤・漢方薬やアナフィラキシー対策のために常備していた副腎皮質ホルモン剤など)。これらの飲み薬は今ある症状を改善させるためではなく、これから起こるまたは悪化するかもしれない症状を予防するためです。ただし、症状が重症な場合は、吐き気があるため飲んでも吐き出してしまうか意識状態が悪くなり飲めない場合があります。
漢方薬に含まれる麻黄(マオウ)は成分にエフェドリンというエピネフリン(アナフィラキシーの症状を改善させるために必要な交感神経刺激剤→後述)に似た効果を発揮する成分が含まれています。毛細血管を収縮させ組織のむくみを押さえ、血圧を上昇させます。お湯に溶いて口に含ませると口の粘膜からも吸収され、数分以内にのどや気管の入り口(喉頭)の腫れを押さえるなど、アナフィラキシーの症状の進行を軽減する効果が期待できます。もちろん、後で述べるようなエピネフリンの筋肉内注射や皮下注射などの効果にはとうていおよびませんが、もし、かかりつけのお医者さんが漢方も処方できる方なら一度相談しておくと良いでしょう。ただし、漢方薬には他に様々な成分が含まれており、体に合わないこともあります。アナフィラキシーの際に使用する場合は、それ以前に、飲んで大丈夫かどうかを試しておかなければいけません。喉頭の浮腫やクループ(声帯のあたりが腫れて呼吸困難になる病気)になった場合には麻黄の入っている漢方薬をお湯に溶いて少しずつ口に含みながら飲むと、のどや気管の腫れが引いて症状がよくなります。鼻炎がある人には麻黄湯や小青竜湯を、気管支喘息がある人には麻杏甘石湯を使用します。
気管支喘息発作を予防・軽減させるため、気管支拡張剤の吸入をします。吸入は吐き気があっても使えるため、アナフィラキシーを起こす方はあらかじめかかりつけの医師に相談して使い方を練習しておくといいでしょう。アナフィラキシーのように口から薬が飲めない重症の病気の時は吸入薬を使うことによって気管支粘膜から薬が吸収されて即効果を期待できます。ただし、事前に使って大丈夫なことを確認しておかなくてはいけません。吸入液にも保存剤などの添加物が含まれているからです。また、吸入時に、マスクを顔に押し付けすぎて空気の通り道を圧迫してしまい、呼吸できなくならないように注意します。吸入する場合は、呼吸がなるべく楽にできるように、吸入の煙が口や鼻にかかる程度にします。
日本ではアナフィラキシーの際に血圧上昇効果のあるエピネフリンの自己注射はまだ一般的ではありませんし、自己注射用の装置(エピペン)も販売されていません。しかし、電動式の吸入器を持っている患者さんの場合、事前の医師の十分な指導のもとに吸入で使用できる可能性があります。注射では一定量を注射してしまうと回収することはできませんが、吸入では具合が悪くなった場合は即座に中止することができるからです。何回もアナフィラキシーをくりかえす場合はかかりつけの医師とよく相談してください。ただし、顔色が悪く酸素が足りなくなっている時(爪や皮膚にチアノーゼのある時)に、無理矢理吸入すると急に具合が悪くなることがあります。このような時は酸素の供給が必要なので、吸入はすぐ中止し、病院につれていくことを最優先にします。エピネフリン(ボスミン®)吸入は30分ほどで効果が切れ再度症状が悪化する(リバウンド=反跳現象)ことがあります。もし使った場合は、早急に救急設備のある病院へ向かわなければいけません。(チアノーゼ:酸素欠乏のため、皮膚の色が紫っぽくみえること)
何回もアナフィラキシーをくりかえす場合は、事前に医師と相談の上、エピネフリンを自分で注射できるように訓練しておくことも、必要になるかもしれません。先述した自己注射用の携帯装置(エピペン®など)は日本国内では販売されていませんが、お医者さんに処方してもらったエピネフリン注射液と注射器を持っていて、アナフィラキシー発症時に適切な判断のもとに使うことができます。ただし、いつ使うか、一回に使う量はいくらかなど詳しく正しい使用方法に習熟しておく必要があります。現在、このエピネフリン自己注射セットは林業従事者のハチ刺されによるアナフィラキシーショック予防のため特別に輸入され、一部で使われていまが、国内での使用は一般的には認められていません(文献1)。
アナフィラキシー症状がどんどん進行する場合は、即、病院に向かいます。ただし、この場合はなるべく二人以上同乗して下さい。一人は運転手、一人は介護に当たります。重症な場合、一人しかいない場合は救急車を利用します。
周りの人たちは、患者さんからは絶対に目を離さずにいること。急激に進行して、呼吸ができなくなったり、意識が無くなってしまったりしたらすぐに救急処置が必要になります。
アナフィラキシーを起こし重症な場合、脳組織やその他の臓器に血液がいかなくなる状態が20〜30分続きます。5分以上脳への酸素供給が途絶えれば、回復は見込めなくなるわけです。つまり、この状態から抜け出るためには、人工呼吸と心マッサージしかありません。呼吸ができないまたは呼吸をしていない時は人工呼吸を開始します。脈が触れず、意識がなくなってしまった場合は心マッサージが必要です。他の病気と違って、この数10分を乗り切れば症状も回復し意識も出てくる可能性があるため、救急蘇生がうまくできるかどうかが、その後の経過を左右します。
アナフィラキシーの反応は2相性(症状が2回にわたって強くなる)に起こります。数時間後に即時型の反応が治まった後も安心せずに、数時間後から始まる遅発型や遅延型の反応(かくれ型)に注意をはらって下さい。
一度治まったアナフィラキシーの症状が再び出てきた時、尿の出かたが悪い時、意識がおかしい時などは注意が必要です。
参考文献
1)佐々木真爾、斎藤幾久次郎:林野庁におけるエピネフリン自動注射器導入の経緯とその成果、中毒研究13:303-304、2000