<03-06 2000年09月04日公開>
アレルギー対策、食事療法をしていると、「いつまで厳しく食事療法を続けるのか、いつになったらアレルギーが軽くなるのか」などの疑問がわいてくる人が多いようです。基本的には、アレルギー体質があれば、一生のお付き合いになるので、いつまでと言われれば、「人生の最後まで」とお答えします。アレルギーと、うまく付き合うことが大切です。
しかし、子供たちが成長していくにつれて、アレルギー症状が押さえられ、症状として現れにくくなる時期があります。両親から受け次いだ遺伝子上の体質、胎児期初期に受けた環境からの影響によって、アレルギーを起こしやすく、アレルギーが起こり始めてもそれを制止できない体質を持って生まれた子は、出生後、母乳を介して又は直接食べたもの、環境中の様々な物質にアレルギーを起こします。授乳中は「乳に含まれる物は消化せずに吸収する」という乳児の腸管の特殊性があるため、食物アレルギーを起こしやすいのですが、1歳を過ぎ、断乳すると徐々に未消化の物は吸収しないように、または吸収してしまっても体内でうまく処理しアレルギー症状を起こさなくてすむように腸管の免疫が発達していきます。
乳児期・幼児期にはひどかったアトピー性皮膚炎は徐々におさまり、かわりに気管支喘息やアレルギー性鼻炎、中耳炎、アレルギー性結膜炎、じんましんなどを起こす場合がありますが、環境対策や食事療法をきちんとしているとすべてが軽減されていきます。
腸管機能の発達、肺機能の発達に伴い、小学校入学ころにアレルギー疾患がおさまってくる時期があります。その後、思春期に向かってアレルギー症状は出にくくなります。
思春期に入ると、今まではなりを潜めていたアレルギー性疾患が急激に始まることがあります。重篤な状態に陥り、最悪の場合には生命を失うことさえもあります。男の子はアナフィラキシー(運動誘発性アナフィラキシーも含めて)、女の子は気管支喘息での死亡例が当院では目立ちます。この時期は、子どもの体から大人の体に激しく変化する時期です。内分泌、免疫、神経系統のバランスの乱れ、生活が忙しく不規則になりやすく疲労がたまり、寝不足になります。激しい運動が重なることもあります。
しかし、思春期を経過していくと、多くの子供(特に男の子)は気管支喘息を起こしにくくなります(治ったわけではなく発病しないようにうまく押さえられるようになります:寛解と言います)。アトピー性皮膚炎など他のアレルギー性疾患も軽くなっていきます。
思春期を過ぎ、二次性徴がきちんと終わり、大人の体になると、多少のアレルギーは乗り越えられるようになります。それまでは食べると敏感に反応していた物でも多少は大丈夫になっていくでしょう。二次性徴が終わっても改善されなかったアレルギー性疾患は、大人の体になっても続く可能性が高くなります。
壮年期の終わり(日本では厄年という、いい言葉があります。)、40歳代に入ると性ホルモンの分泌は衰え、体全体の機能が低下し始めます。すると再び、アレルギーを起こしやすい状態が始まります。今までは何でもなかった物でも、アレルギーやアナフィラキシーの原因となってしまいます。
図は、当院で経験したアナフィラキシー症例の発症年齢別グラフですが、乳児に多い発病が年齢とともに数が減り、20〜30歳代はとくに減り、40歳代になると再度増加することがわかります。花粉症もこの頃から増加します。また、化学物質に異常に反応し、神経・内分泌・免疫の正常な働きができなくなる化学物質過敏症の発病もこの頃から増加します。子供の時のように様々な能力が発達し、思春期に性ホルモンの分泌が開始されアレルギー症状が押さえられることは以後の人生にはないため、この状態は、人生の終末まで続きます。
40歳を過ぎて性機能が衰え、生殖能力がなくなることは、自然な状態では動物の一生が終わることを意味します。人の場合は、環境を変え、作物を調理し活性酸素を押さえ、住居を整備することで動物にはない第二の人生ともいえる40歳以降の人生をもつことができるようになりました。この期間では、それ以前に獲得してきた食べ方や生活方法が、病気の起こしやすさ、どんな死に方をするのかを決めることでしょう。
様々なホルモンがアレルギーの発病に影響していることがわかってきています。特に、思春期には免疫能力やアレルギー発病と関わりが深い成長ホルモンの分泌が急激に増加し、成人になると減少します。また、性ホルモンの分泌が開始されます。
成長ホルモンは子供の身体発達を促すとともに、免疫能力も発達させます。様々な病原菌や化学物質などの環境中の異物に対する防衛機構を発達させます。この働きがうまく調節されず、他のホルモンとのバランスが悪い時は、アレルギー状態を悪化させる可能性があります。成長ホルモンは思春期になると急激に分泌が増加し、アレルギー反応を起こしやすくさせます。培養したヒトリンパ球に成長ホルモンを作用させるとIgEの産生が増加することが確認されています(参考文献1)。思春期後は分泌が減り、身長の伸びが止まると同時に過剰なアレルギー反応、過剰な免疫反応は起きにくくなります。扁桃腺の肥大なども軽くなっていきます(参考文献2)。
一方、思春期には性ホルモンの分泌が始まります。
男性ホルモン(アンドロゲン)は男の子を男らしい体つきにさせ、髭が生え、声が低くなります。精子の生産が始まります。そして、男性ホルモンはアレルギー反応全体を押さえるように働きます(参考文献2)。ハツカネズミを使った実験で男性ホルモンがIgE産生を押さえるという報告もあります(参考文献4)。女性とは違い、男性ホルモンは分泌の周期(性周期)がありません。
女性ホルモンは、女の子の体を丸くふっくらとさせ乳房を発達させ、卵巣から卵子の排出を開始させ、生理が始まります。卵胞ホルモン(エストロゲン)は低濃度や生理的濃度で細胞性免疫(かくれ型:遅延型反応)を押さえますが、免疫抗体の生産(はっきり型:即時型反応)は高める作用があり、アレルギー症状を激しくさせる可能性があります。高濃度になるとむしろ抑制的になります(妊娠中)(参考文献3)。さらには、脳下垂体の成長ホルモンの分泌やプロラクチンの分泌を促す作用があり、成長ホルモンやプロラクチンはアレルギーを亢進の方向に傾けます。黄体ホルモン(プロゲステロン)はアレルギー反応全体を押さえてくれます(参考文献2)。
したがって、女性の場合は、ホルモンのバランスがうまくとれているか否かでアレルギーの起こしやすさが変わってきます。排卵直前はエストロゲンの分泌が高まりアレルギー反応は敏感になります。排卵後は一時期分泌が低下しますが、生理直前には再度分泌が多くなります。ただし排卵後は黄体ホルモンも分泌されるため、バランスがとれればアレルギー症状は軽くなります。おそらくこのパターンは、敏感になって受精する相手を選び出し、受精後は受精卵を受け入れるために免疫やアレルギーを押さえるという目的に合ったものと思われます。両ホルモンの分泌が低下する生理前後にはアレルギー症状の悪化することがあります。ホルモンのバランスがうまく取れれば、全体的にはアレルギー症状は押さえられることになります。妊娠すると初期は黄体ホルモンが減るため体調が一時的に悪くなりますが(つわり)、妊娠後期にはエストロゲンも黄体ホルモンも大量に分泌され、お母さんにとっては半分が異物(遺伝子の半分は父親由来です)である赤ちゃんにアレルギーを起こさないようになります。
成長ホルモンの分泌が急激に増え、性ホルモンの分泌が始まり、そのバランスが乱れやすい状態(思春期)を乗り越え、成長ホルモンの分泌が低下し、性ホルモンの分泌がバランスよくおこなわれている状態(成人)になるように、環境や食べ方を考え教えていくことが子育てには重要です。幼児期や学童期に無理してアレルギーを起こしやすいものアレルギーの原因となる物を食べさせて病気の状態を続け、悪い状態で思春期・二次性徴期に突入しないことが大切です。
思春期は子供の体から大人の体へと急激に変化する時期です。この時期に、様々なホルモンのバランスの乱れ、アレルギー状態、疲労、寝不足、激しい運動などの悪条件が重なると急激なアレルギー症状を起こすことがあります。また、エストロゲンなどの性ホルモンの働き・中枢神経系統の働き・免疫能力などをかく乱する様々な汚染化学物質を環境汚染(農薬・殺虫剤・除草剤などや合成樹脂およびその可塑剤、合成洗剤、排気ガスなど)・食物汚染(脂溶性有機塩素系化合物、農薬残留、食品添加物など)を介して体内に取り込んでしまうと、正常な内分泌・神経・免疫のネットワークが乱され、自律神経の乱れ、精神状態の変調、行動の異常などが引き起こされ、アレルギー症状を激化させてしまう可能性があります。
多くの環境汚染化学物質はエストロゲン様の作用を発揮する(=環境ホルモン)ものが多く、アレルギー性疾患悪化に傾ける可能性があります。また、ダイオキシンなどのように男性ホルモンの作用を減弱させる化学物質もあり、おそらくは、これらの物質もアレルギー反応を激しくさせている可能性があります。アレルギーを起こしにくい大人の体を手に入れるための、苦難がまっているのです。この時期をうまく切り抜ける本人の知恵、生活方法、食生活、周囲の家族や友人などの援助が必要になります。したがって、アレルギーの治療はこの時期を目指しておこなうことが必要と思われます。体に合わないアレルギーの原因となる食品を食べ続けたり、敏感に反応する状態で無理して食べ、大人になっても治らないアレルギーを持ってしまうより、きちんと除去食を続け、アレルギーを起こさない正しい食生活をじっくりと味わいながら思春期を過ごし、多少の事なら崩れることのない大人の体を手にしてから徐々に様々な食品に手を出しても遅くはないと思います。
思春期は胎児期に環境から受けた影響が、現れる時期でもあります。胎児期に母親の体脂肪に蓄積された化学汚染物質、周囲の環境や母親が食べた食品の汚染は胎児の性腺器官の発達に影響します。思春期・二次性徴期に、性ホルモンを正常に分泌するためには正常な性腺器官の発達が必要です。性腺器官の発達がうまくいっていない場合、性ホルモンの分泌はバランスが乱れ、アレルギー疾患を悪化させる可能性があります。最近、外来では思春期にアレルギーが悪化する子供たちが目立ってきています。胎児期からの子供を取り巻く環境に目を向けていく必要性を感じています。
最近、日本人の検死体(突然死、犯罪、事故などで解剖した遺体)における精巣の調査で、近年にかけて精巣重量のピーク時年齢が若年化していることが指摘されています(参考文献5、6)。つまり、最近の男性では、精巣がもっとも活発に働く時期が若年化し、低年齢で性腺の働きが落ちていく可能性が考えられます。このことは壮年期を過ぎ、アレルギーを再度起こしやすくなる年齢が早まる可能性を秘めています。内分泌かく乱化学物質がおよぼす影響として考えられている女性の「思春期の早期化」と同じ現象が、日本人男性の精巣重量の変化においても起きていることが指摘されているわけです。
胎児期、乳児期、幼児期、学童期とその子に合った、適切な生活環境や食事を提供することが必要です。思春期を越えた後も、いい環境を作り出す努力と食べ方が続けられ、現在のアレルギーっ子が体脂肪に汚染化学物質の蓄積がない状態で妊娠し、授乳し、次の世代に命を引き渡していくことが大切です。そして、人にしかない第二の人生を、健康で生きがいのつかめる、死ぬ直前まで元気な生命度を保つ状態ですごすことが望まれます。
つまり、今おこなっている食事療法や環境対策は、「いつまで続けるのか?」という視点ではなく、「身につけ、一生を通して磨いていくもの、そして次の世代に伝えていく」という視点で考えることが大切です。
参考文献
(1)石川義人ら(北里大学小児科):ダニ抗原特異IgE分泌細胞に与える成長ホルモンの産生増強作用、日本小児アレルギー学会雑誌13(3):96、1999
(2)大村裕・堀哲郎:脳と免疫−脳と生体防御系との関わりあい、共立出版、1995
(3)玉舎輝彦:エストロゲンと免疫系、現代医療29:2531-2537,1997
(4)山本貴義ら(岡山大学耳鼻咽喉科、生体防御医学):in vivo IgE産生におよぼす男性ホルモンの影響、アレルギー48:981、1999
(5)森千里:性腺・精巣組織における内分泌かく乱物質の実態の解明、内分泌撹乱化学物質研究発表会−内分泌撹乱化学物質調査研究の進展と課題テキスト:93-94、1999
(6)森千里:日本人の精巣における精子形成状態の検討、日本内分泌撹乱化学物質学会第二回講演会テキスト:19-23、1999