読売新聞(岩手)−2000年(平成12年)10月02日(月)
教育 |
【Part 1.】
長所伸ばし欠陥克服 「わがまま」と誤解招く 中枢神経の機能障害が原因か
診断基準は通常、アメリカ精神医学会が作成した手引き「DSM−W」を使う。
@多動性(着席できない・不適切な状況で走り回るなど) A衝動性(順番を守れない・質問が終わる前に答えてしまうなど) B不注意(気が散りやすい・人の話が聞けないなど) |
の三つが主な特徴だ。
しかしこれらの症状は、どんな子どもでも多かれ少なかれ見られるもの。米国のADHD研究の権威ラッセル・バークレー博士は、「未来に目を向けて自分の行動を調整する能力が発達障害を起こしている」という理解の方が分かりやすいと、著書で述べている。
海外での疫学調査などから、ADHDの子どもは全体の3〜5%と言われる。しかし、社団法人発達協会王子クリニックの石崎朝世院長は「ADHDと呼べるほど支障が出るかどうかは、国や社会、民族など子どもの置かれている状況で違う。日本では1%程度ではないか」と話す。
またADHDは他の発達障害と重なることも多いため、症状は千差万別。最も重なる割合が多いのはLD(学習障害)で、ADHDの半分程度は該当する。
東海大学医学部の山崎晃資教授によると、欧米ではこの症状に関する研究は百年以上の歴史がある。基本的には中枢神経系の機能障害または成熟障害とみられるが、根本原因は分かっていない。有力なのが、複数の遺伝子が関与して脳内の神経伝達物質ドーパミンの正常な働きを阻害する、との説だ。
山崎教授は「実際には、遺伝的要因だけでなく、胎児期の障害や食品の影響など、環境要因も複雑に絡んでいるようだ」と話す。
米国では薬物療法に積極的で、ADHDの子どもの9割が投薬を受けているという。最も使われるのは中枢神経刺激薬「メチルフェニデート」(商品名リタリン)で、行動量を減らし、注意力を増す効果がある。日本でもADHDの薬として使用が広まってきたが、山崎教授は「副作用情報も多く、効果は3、4時間と短い。その日のどの時間帯に集中させたいか考えて慎重に使うべきだ」と話す。
ADHDの子どもにかかわる教育や医療の関係者が今、最も心配しているのは、「学級崩壊」や犯罪と安易に結び付けられることだ。山崎教授は「学級崩壊の原因はADHDではなく、子どもが集団遊びで自然発生的なルールを学ばなくなったり、授業に満足できない、教師の指導力不足などが背景」と話す。教育現場で、ADHDの子どもの存在が崩壊のきっかけになる可能性は否定できないが、「それに引きずられる子どもが増えていることこそ問題」とする見方が多いようだ。
ADHDの症状は成長につれ落ち着くといわれているが、最近、米国では大人のADHDも注目されており、日本も関心を払う必要がある。 一方で、逆にADHDのプラス面に光を当てる見方もある。石崎院長は「ADHDの子は、好きなことはだれよりも集中したり、ひらめきや実行力など優れた面も発揮する。事業家や芸術家の中には、それらしい人も多い。大事なのは、自信と自己コントロール能力をつけさせ、社会性をはぐくんでいくことだ」と話している。
文部省は来年度から、ADHD児など通常の教室に在籍しながら特別の支援が必要な小中学生への対応について、調査研究を実施する方針だ。ADHD児について実態を調査したうえ、専門家などで構成するパネルを設置して、支援体制はどうあるべきか検討する。
【Part 2.】
個別指導・投薬で効果も 順番守れない 人の話しを聞けない 教室で動き回る……
いつも落ち着きなく手足を動かす。教師が何度注意しても言うことをきかない。衝動的な行動が目立つ−そんな特徴を持つ注意欠陥多動性障害(ADHD)への関心が、教育現場で高まっている。以前なら「しつけが悪い」「わがまま」と片づけられていた子どもの行動が、実は生まれ持った障害だとすれば、学校での指導方法はもちろん、親や友達など周囲の対応も根本的に見直す必要がある。一部の教育、医療の現場で始まった取り組みを通じ、AUHDにどう向き合えば良いのか探った。 (科学部 藤田 勝) |
黒板の前に机が三つ。並んで座るのは3人の小学2年生だ。左右の2人はADHD、真ん中の子どもは自閉症児だ。教師の質問に元気に手を挙げる様子は、普通の子どもと変わらない。
ここは横浜市内の、ある情緒障害通級指導教室。同教室は市内に6か所あり、知的発達面では普通学級に在籍可能だが、情緒や行動面で不適応を起こしている子どもが週一回通い、個別指導や小集団での遊びや運動を通じて、人とのかかわり方などを学ぶ。「最近は認知度が高まったせいか、ADHDらしい子どもが2分の1から4分の1いる」と教師の一人は話す。
ADHDの子どもは、人から注意されるマイナスの経験ばかり多く、自信を失いやすい。だから教室では、目標を明確にして、出来た時には積極的にほめる。
この教室の2人のADHD児のうち大柄な子は、気持ちを言葉で表すのが苦手で、すぐに手が出てしまう。小柄な子は授業中に立ち歩いたり、急に大声を出す、机をたたくなど多動傾向が強い。この日は、立ち歩きなどした後者の子どもに、もう1人が「お行儀が悪い」「オレもまねしたくなる」などと注意した。何が良くて何が悪いのか、少し自覚が生まれた証拠だという。
東京都内の同様な教室でも、ADHDと思われる子どもが増えている。文京区立駒本小の教室の黒川君江教諭は、ADHD児を巡る三つの困難を指摘する。
@本人は自分にとって普通の行動でしかられ意欲をなくす
A親はしつけが悪いと責められ悩む
B学校もその子の行動がなかなか理解できない。
同教諭は「問題行動と思わず、その子なりの理由を聞いてあげること。担任は1人で悩まず、学校全体で取り組むべき」と話す。
ADHDの一番の問題は、外見で明らかに分かる障害と違い、周囲に理解されにくいことだ。そのために繰り返し起きる摩擦が、本人と家族を悩ませる。
「車いすの人を押してあげたり、思いやりもある″いいヤツ″なんだけど、行儀の良い“良い子”じゃない」
都内に住むAさん(45)は、一人息子の小学校5年年B君(10)のことを、そう説明する。
B君は幼児期から、落ち着きがない、人と目を合わせない、興味が持続しない、言葉も遅い、などの特徴があった。
小学校に入ると、ひどいいじめに遭った。よく動き回るから目立ち、態度が大きいと思われたからだ。学校側の対応も鈍かったため、一年で転校させた。そのころ病院で「多動」と診断された。
転校先でも、B君は友達が出来ない。遊ぶのは好きなのに、無意識に他人の体に当たって、けんかになる。後始末が大の苦手で、机の中も整理出来ない。本人もストレスがたまり「もう行きたくない」と言い出した。担任は悩んだ末、クラス会を開き、他の子どもに提案した。「変だけど人の迷惑にならないことは、本人の自由だから注意するのはやめよう」。それから、B君の学校生活は少し落ち着いた。
「もともとIQは並以上。ただ学校も宿題も嫌いだから、成績は年々下がっている」とAさん。ただ目的がはっきりすれば集中できる。ゲーム機をほうびにすると、苦手な漢字テストで満点をとることもある。
今、医療機関が実施する社会性を養う教室に、週一回通う。一年生のころから薬も飲んでいる。飲まない時はけんかが多い。Aさんは、B君には「おまえは少し不器用だから」と説明している。
ADHDの対応窓口 |
◆医療機関 ◇都立梅ケ丘病院(東京都世田谷区、03・3323・1621) ◇国立精神・神経センター 国府台病院児童精神科 (千葉県市川市、047・372・3501) ◇福井県小児療育センター (福井市、0776・53・6570) ◇北海道立緑ケ丘病院児童外来(北海道音更町、0155・42・3377) ◆支援団体 ◇えじそんくらぶ(ファクス042・962・8683、ホームページはhttp://www.e-club.gr.jp) |
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