朝日新聞−2001年(平成13年)8月28日(火)
社説 |
世界各地で今なお、さまざまな人種差別がみられる。紛争地では民族浄化や対立集団の虐殺など、差別する心に根ざし
た非人道的な行為が繰り返されている。
日本を含む先進諸国でも人種差別は身近な問題だ。特定の国や地域から来た外国人を軽侮する人たちがいる。不況になれば外国人労働者の排斥運動も強まる。
同じ人間同士が差別を重ねる現実を、どう克服していくべきか。その処方せんを描く人種差別反対世界会議(国連主催)が、31日から来月7日まで南アフリカのダーバンで開催される。
政治宣言と行動計画を採択する予定で、人種差別や外国人排斥、異文化・異民族に対する不寛容などの撲滅を目指す。差別防止の教育や、差別を受けた場合の救済策の強化などを盛り込む計画である。
人類の歴史は差別と紛争の繰り返しでもあった。その連鎖は一朝一夕に断ち切れないが、改善の糸口をひとつでも多く見つける会議にしなけれはならない。
心配なのは、会議の準備段階から協調よりも対立が目立つことだ。
アフリカ諸国はかつて植民地支配を受け、奴隷貿易の犠牲となった。そこで、過去に触れることなく人種差別問題は語れないと強調し、欧米から補償や経済援助を引き出そうとしている。
欧米は、過去を反省すること自体には柔軟な姿勢を見せている。しかし、何世紀も前の行為に対する賠償要求に応じるつもりはないとの立場を崩さない。
中東問題も対立の火種だ。アラブ諸国は「イスラエルのパレスチナ占領」などに言及するよう求めているが、イスラエルと米国が強く反発している。
負の歴史に目をつぶるようでは未来は開けない。被害者の痛みを理解しないと、和解などありえない。だが、この時とばかりに人種差別がからむ問題を持ち出して実益を得ようとするのは建設的でない。一度の世界会議で当事国すべてが納得する答えを導き出そうとしても無理がある。
憎しみや恨みによる対立増幅の悪循環を断つ方策は何か。その実行には何が必要か。そうした問題を実務的に分析して、合意を形成する作業が大切である。
日本自身を見つめ直すことも不可欠だ。国内には少数派への差別や外国人への偏見などが根強く残っている。政治家による差別発言も後を絶たない。世界会議を契機に人種差別をなくす努力を倍加し、実をあげる必要がある。
日本外交にとっても、意義は大きいはずである。人種的対立をどう解決し、紛争を防ぐかは、日本が重視する「人間の安全保障」の大きな課題であるからだ。
今回のような世界会議で積極的に提案し、調停役も買って出る。そうした実践を重ねないと、日本の「人間の安全保障」外交は成熟が期待できないだろう。