朝日新聞−2001年(平成13年)8月28日(火)
一面 |
多数の死傷者を出した兵庫県明石市の花火大会の事故で、県警捜査本部と神戸地検は27日、業務上過失致死傷容旋で明石署と明石市役所を捜索した。捜査本部は、署と市役所の双方が混雑回避のための適切な措置を取らなかったために事故の起きた疑いが強いと判断、「身内」を含めた異例の強制捜査に踏み切った。捜査本部は会場警備を請け負っていた警備会社を同容疑ですでに捜索しており、3者の立件に向けて捜査は本格化する。 |
明石署では、県警と地検の捜査員ら約20人が、署長室などを捜索。明石市役所には県警の捜査員約50人が入り、市長室や夏まつりを担当した商工観光課などを捜察した。署からは手帳や警備要員配置図など171点、市役所からは事故関係のファイルや支出命令書など880点を押収した。
調べによると、同署は事故が起きやすいと予想された歩道橋周辺に十分な警備要員を配置しなかったうえ、7月21日夜、事故前から橋の上が混雑して危険な状態になっているのを見逃し、観客の誘導などをしなかったため、混雑が限界を超え、事故を防げなかった疑い。事故の約20分前から混雑を知らせる110番通報が約30件も寄せられ他のに、同署は橋の上でのけんかとして適切に対応しなかった。
明石市は、混雑回避のため、会場への別の経路を確保して観客を分散させるなどの対策をとらなかったほか、事故当日も、計画書などに定められた通りの警備員が配置されているかを確認せず、さらに混雑が限界を超えた時にも、必要な措置がとられているかの確認を怠るなどした疑い。
事故当時の橋の上は、主催者側が入場規制を始める目安だった1800人を大きく越える6千人程度だったとみられる。この結果、生後5カ月から9歳までの子ども9人と70代の女性2人の計11人が死亡、222人が重軽傷を負った。
捜査本部は、警備員増員要請などをめぐって署、市、警備会社の言い分がそれぞれ食い違っていることもあり、厳正、公平を期すため、警備会社だけでなく、署と市に対する強制捜査も必要との判断に達した。
強制操作で事故責任の所在を早く明らかにして欲しい―。兵庫県明石市の花火大会事故で、県警捜査本部と神戸地検が27日、明石署と明石市役所を家宅捜索したが、明石署員は身内から受ける捜査にぼうぜんとし、市職員は次々と資料が押収される様子に落ちつかない表情だった。事故発生から1カ月余り。一刻も早い原因解明を望む遺族らが「聖域なき捜査」の行方を見つめている。
明石署には午前9時、「検察庁」の腕章をつけたスーツ姿の捜査員数人が入った。その後を、県警捜査本部員ら約10人が続いた。白い手袋姿の捜査員らは副署長の机周辺、交通課のロッカーなどで書類を調べた。
交通第1課や地域課などに捜査員が集中し、書類が次々と取り出され、段ボール箱に詰められた。
永田裕署長の部屋はドアが閉ざされたまま。榊和胱副署長は応接用のソファで捜査員3人に囲まれ、質問に答えていた。事故当日、会場の警備担当者だった金沢常夫地域官は自分のロッカーが調べられる間、ぶぜんとした表情で腕組みをしていた。交通課の課員らは捜査の様子を眺め、質問を受ける課員もいた。
捜査員らが入る直前、午前8時50分には署内に「本日の朝礼は中止します」という放送が流れた。
明石市役所では午前9時から、段ボール箱を抱えた捜査員ら約50人が庁内に入った。3階の市長室、6、5階の市民経済部と財務都、土木部などに分かれ、各部屋の責任者に捜査令状を見せ、写真を撮ったり、職員に関係書類の説明を求めたりした。
花火大会の事務局にあたる市民経済部商工観光課には3、4人の捜査員が入り、約10人の職員が見守った。居あわせた職員の1人は「捜索を受けるとは思っていたが、書類はほとんど警察に任意提出していて何もないはず」と話した。
永田裕・明石署長の話 捜索を受けたことについては署の責任者として厳粛に受け止めている。捜査中であり、コメントは差し控えさせていただきます。 |
岡田進裕・明石市長の話 強制捜査を受けたことは市にとって極めて重要なことと受け止めています.多くの死傷者を出したことを改めて深くお詫び申し上げます。 |
明石署と明石市への強制捜査について、今月9日に強制捜査を受けた警備会社ニシカン(本社・福岡市)の大阪支社(大阪市西区)の幹部は「市や警察に捜査が入るのがちょっと遅いのでは。遺族や被害者が納得できるよう、我が社だけでなく、関係機関それぞれの責任を明らかにしてほしい」。花火大会で同社の下請けをしたある警備会社の幹部は「警察や市にも捜索が入るのは当然だ。警備会社には先に強制捜査しておきながら、事故から1カ月もたってから身内に着手するのはおかしい。世論の批判を恐れたのではないか」と話した。
犠牲者の遺族らは「なぜ事故現場の警察官は動かなかったのか。市の責任はどこにあるのか。早く明らかにしてほしい」などと真相究明を求める声をあげた。
事故で亡くなった下村智仁ちゃん(当時2)の父、誠治さん(43)は「強制捜査は当然だが、着手が遅い」と強い口調で話した。事故から1カ月以上がたち、書類の改ざんや隠ペいの懸念が頭を離れない。「強制捜査に入らないとわからないことがあるということは、これまで厳しい捜査ができていなかったということではないか」と不信感を口にした。
佐藤隆之助君(当時7)の父、孝治さん(38)は「市や署の当事者はどこにミスがあったのか分かっているはずだ。すべてさらけ出し、捜査がスムーズに進むようにしてほしい」と話した。
草替与一郎さん(74)は今も「すべきことをしない人がいたから妻は犠牲になった」と怒りがこみあげてくる。最近、妻律子さん(当時71)の遺品の整理を始めた。寂しい思いに耐えられないからだという。「身内を調べる警察の捜査の行方を厳しく見守りたい」
井戸田侃・大阪国際大教授(刑事法)の話 警察が所轄署、しかも捜査本部が置かれている署内を強制捜査することは極めて異例だ。複雑な証拠を整理するとともに、信頼を維持するという側面があるのだろう。しかし、これだけ重大な事件では迅速に捜索に入って証拠を押収すべきだった。検察がもっと表に出て捜査する必要がある。警察が「身内」を捜査したところで、世間は公正さに疑問を持つだろう。 |
安冨潔・慶応大教授(刑事訴訟法)の話 警備会社、明石市、明石署の三者の言い分が一致していない中で捜査本部が明石署と明石市の強制捜査に踏み切ったのは、任意提出された資料では「不十分」と感じたからだろう。役所には上司の決裁を経た書類だけが「文書」という認識がある。警備計画や人員配置に関する正式文書以外にも、会議資料や担当者のメモ類の中に、だれかの重要な発言内容など、捜査の糸口になる情報が隠れている可能性もある。 |