毎日新聞−2001年(平成13年)06月18日(月)

教育の森

学校開放と安全
地域の目で子供守れ 対応苦慮する関係者

 大阪教育大付属池田小学校の乱入殺傷事件が全国の学校に波紋を広げている。玄関に施錠したり、ボランティアグループが巡回するなど防犯対策に乗り出すところも多い。こうした事態に、学校施設を地域住民に利用してもらったり、地域の大人が授業に加わるなど、学校開放に取り組む関係者の間からは「開かれた学校づくりにブレーキがかかるのでは」との懸念の声も上がる。当事者の声を聞きつつ「開放」と「安全」について考えた。                    【遠山和彦、藤原尚美】

東京都三鷹市の市立第四小のパソコン教室には地域の大人がボランティアで参加する。 「地域社会と共生する学校づくり」を進めてきた東京都三鷹市の市立第四小学校(貝ノ瀬滋校長、児童数417人)も、今回の事件を受け教員による校舎内巡視や来校者受け付け・確認の徹底などの防犯対策に乗り出した。
 しかし、対策はとりながらも、貝ノ瀬校長は「学校が開かれ、校内に地域の人の目があればあるほど、不審者は寄りつかず、安全確保に大きく寄与することになると思う。開かれた学校づくりと安全管理は矛盾しない」と話す。昨年からの学校開放の取り組みは、引き続き推進していくという。
 同小の学校開放は、@専門知識を持つ地域の大人に、特定教科の授業を先生と一緒に受け持ってもらうコミュニティーティーチャー制度A専門知識が必要のない計算ドリルなどの指導を、先生と行ってもらう学習アドバイザー制度B始業前や放課後に行う課外クラブを手伝う「きらめきボランティア」―の三つが柱だ。
 地域の大人たち57人がこれらの制度に登録して学校内に出入りしており、子供たちは先生以外の大人といつも触れ合っている。その中で「子供たちには人とのつきあい方やたくましさを身につけてもらい、地域の人にも学校教育に参画することで生きがいづくりに役立ててもらおう」との狙いがある。
 確かに、池田市の事件は、同小のボランティアの大人たちにもショックだった。
 ソフトバレーボールの指導をしている市橋道子さん(65)は「子供たちは学校の外で会ってもあいさつしてくれたりしてやりがいを感じているが、事件を受け、万一、指導中に不審者が侵入してきたら、子供たちをどう避難させようかと考えた」そうだ。また、児童向けのパソコン教室の指導にあたる戸田早智子さん(59)は「学校開放をやめるわけにはいかない。自衛するしかない」と言う。
 貝ノ瀬校長はこう語った。「開かれた学校とは『校門が常に開かれていて、誰もが自由に出入りできる状態』と狭く考えないでほしい。真の意味での学校開放とは、学校の中の教育内容や児童の生活について情報公開が十分になされ、地域と学校が双方向で連携できることだ。学校を閉ざされたものにしてしまっても、大阪の事件が投げかけた問題の解決にはあたらない」

住民グループ・秋津コミュニティ(千葉県習志野市)顧問・岸裕司さん

住民グループ・秋津コミュニティ(千葉県習志野市)顧問・岸裕司さん 15年前から地域に開かれた学校作りに、住民の立場で取り組んでいる。池田市の事件が起きた直後から、地域との触合教育を進める全国の仲間から電子メールで「事件をきっかけに学校開放にブレーキがかかるのではないか」という不安の声が十数件寄せられている。
 学校が子供の安全のために警備員を常駐させたり、門の開閉を厳重にしたりすることは意味のあることだとは思う。しかし、鍵を厳重にするだけでは、問題の解決にはつながっていかない。むしろ、開放が進み、校内に先生以外の、子供たちの顔を知っている大人たちが始終出入りして、子供のそばにいる方が、侵入しようとする不審者に対する抑止力になるのではないだろうか。
 地元の秋津小学校では、国語の読み聞かせや生活科などで地域の大人が授業に参加するほか、コミュニティールームを地域のサークル活動に開放している。コミュニティールームはこの6年で延ベ1万6000人が利用した。鍵は住民が預かっているが、トラブルになったことはない。
 健全な地域社会と触れ合い、さまざまな年齢の人と接する中で人間のすばらしさを知るのは子供たちにとって大切なこと。学校開放を進め地域と交流する中で、地域の大人は自分の子でない子供にも目が行き届くようになった。
 来年度から完全週休2日になれば学校が開いている時間もさらに限定される。体育館や校庭の施設をその間、眠らせておくのは残念だ。閉鎖性を強めるのではなく開放を進めて地域のおじさん、おばさんの目で不審者の入ってきにくい学校にしていくことが大切だ。

開かれた学校作りに取り組む加藤幸次・上智大文学部教育学科教授

開かれた学校作りに取り組む加藤幸次・上智大学文学部教育学科教授 非常にショックを受けた。残忍な事件だ。壁を作る学校が増えるかもしれない。ただ、このような突発事故の予防は、誰にとっても難しかっただろう。社会構造が抱える病理が、事件の根底にあると感じる。学校は被害者で、社会が問われている。
 一昨年の京都市立日野小で男児が殺害された事件後、文部科学省などと学校の安全対策について議論した。門を狭くする、警備員を配置する、テレビカメラを置くなどの案も出たが、学校は「ろう屋」ではない。ただ、子供が普段出入りする門が職員室から見える方が望ましい。
 愛知県東浦町立緒川小、千葉市立打瀬小などの「オープンスクール」設置にかかわったが、こうした学校では、教室の壁がないだけでなく、教師と子供の間の壁、教科間の壁、時間の壁がなく、学校と地域の関係もオープンにするという考え方が根幹にある。
 両校ともどこからでも人が入れる。地域の人が自由に出入りし、授業を見学したり、子供たちにコンピューターを教えたり、図書室の本を整理したりして、学校にかかわっている。緒川小の取り組みは20年以上たっているが、事件は一度も起きていない。地域が学校にかかわっていることと無関係ではないかもしれない。
 今の社会の勢いでは、学校に囲いや壁を設ける方向だ。教育委員会など上からの通達で学校が動くのではなく、地域のこととして学校、住民、保護者が話し合い、安全対策を考えることが求められるのではないか。

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