毎日新聞−2001年(平成13年)06月18日(月)

チンパンジーは進化の隣人  父親の役割は……

 チンパンジーの親子関係や、育児、教育のあり方などについて話をする機会が多い。そこで必ず受ける質問の一つが、「チンパンジーの父親は何しているの?」である。
 父親の役割を理解してもらうには、まず社会の仕組みから理解する必要がある。我々が見慣れているニホンザルの場合、大人になる直前に男性が群れを出て行く。「ハナレザル」とか「ヒトリザル」と呼ばれるサルは、実は皆男性である。生まれた群れを離れてよその群れに入り込む。
 野生チンパンジーの場合、大人になる前に女性が群れを出て行く。もちろん例外はあるが、基本的には、女性が思春期になると群れを出て行く社会だと考えられている。
 「近親交配」すなわち血が濃くなることを避けようとすると、男の子か、女の子か、その両方が親元を離れるしかない。近親交配を繰り返すと、重い遺伝病の出現率が高くなる。日本では3親等内の婚姻が法律で禁じられているが、生物学的に妥当な理由があるのだ。
 社会の仕組みでもう一つ重要なポイントが男女の結び付きだ。ヒトもチンパンジーも同様に、女性には毎月の生理周期がある。ヒトの場合、その排卵と月経を本人は知っているが、他人の目からは隠す方向に進化してきたと考えられる。ヒトは、「一夫一婦」的な結び付きを強く持っている霊長類だと言える。なぜなら、いつ女性が排卵するか男性に分からないので、ちゃんと自分の子供を女性に産んでもらうためには、常に身近にいて、他の男性が近づかないように見張っておく必要があるからだ。
 チンパンジーの女性は、排卵の時期になるとお尻がピンク色に大きくはれる。「私は排卵ですよ」とアピールする方向に進化してきた。そして排卵の時に、複数の男性が複数の女性とセックスする。「多夫多妻」的な結び付きだと言える。
 さてチンパンジーの男性の立場で社会を見てみよう。よその群れから魅力的な新入りの女性がやってきた。そこで皆がセックスをして赤ん坊が生まれてくる。その子は自分の子かもしれないし、別の男性が産ませた子かもしれない。しかし、彼らにとって、それはたいした問題ではない。なぜなら、その赤ん坊は、自分の子供か、自分の父親が産ませた年下の弟妹か、自分の兄弟が産ませた甥(オイ)姪(メイ)か、いずれにしろ大事な血縁の子供なのだから。皆、自分の子供のようなものだ。
 チンパンジーは、血のつながった男性が共同して、複数の女性とその子供たちを守る。いわば「拡大された家族」の中で「拡大された父親」の役割を果たしている。常に縄張り周縁をパトロールし、人間や他の侵入者から女や子供を守る。それが彼らの第一の役割である。母親と子供が安心して暮らせるように努力する。その意味では、ヒトもチンパンジーも父親の役割に変わりはない。
 下の娘から「父の日」のカードをもらった。
 「アイもアユムもいいけど、もっとゆっくり休んで、おかあさんやわたしの相手もしてね。健康一番です」
 父親の役割を改めて考えさせられた。                                 (京都大霊長類研究所教授)

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