毎日新聞−2001年(平成13年)06月18日(月)

もっとサイエンス

代理出産―その問題点は
「生みの母」に体も心も夫も借りる

 長野県の産婦人科医院長、根津八紘(ネツ ヤヒロ)医師が患者の夫婦の受精卵を妻の妹の子宮に入れて今年春、代理出産させた。国内で初めて実施された「代理出産」だ。一方、厚生労働省は、代理出産禁止などを含め、先端生殖医療を規制する法律を作る準備を進めている。不妊治療の技術は急速に発展・拡大し、医療現場に浸透しつつある。代理出産はなぜ問題なのか。主な論点を整理した。                                                   【高木昭午】

◆論理・精神面

代理出産には二つのパターンがある。いずれも病気治療の手術などで妻が子宮を持たず、出産不能な場合に実施される。 
;
;『サロゲートマザー』は妻から卵子を採らず、夫の精子を、妻以外の女性に人工授精し、妊娠・出産してもらう。夫と出産する女性の子が生まれ、遺伝的には、妻は関係が無い。
;
;『ホストマザー』は夫婦の受精卵を第三者の女性の子宮に移し出産してもらう。「借り腹」ともいう。遺伝的には、生まれる子供は出産を依頼した夫婦の子で、出産する女性は関係ない。 旧厚生省(現厚生労働省)の生殖専門委員会が昨年12月にまとめた報告書は、代理出産禁止の理由を三つ挙げた。うち二つは、「出産する女性(代理母)を、妊娠・出産のための道具として利用することになり反倫理的」「代理母は10カ月問、胎内で子供をはぐくむため(感情的に産んだ子供と別れ難くなり)出産を依頼した夫婦との間で子供を巡る争いが起きかねない」という理由だった。
 日本人夫婦に、米国での代理出産を有料であっせんしてきた代理母出産情報センターの鷲見侑紀(ユキ)代表は昨年1月、意見書を専門委に提出した。
 「以前は、女性は子供を持つ権利があるのだから、代理出産は良いことだと考えていた。しかし(代理母)本人が『人を助けることで自分も幸せになれる』と言っても、子供と別れる時は悲しみに耐えて我慢しているとしかみえない。(代理母の)夫も耐えている。子供と引き離されて、精神的に不安定になった人が何人かいるし体を悪くした人もいる。子宮だけでなく、休も心も夫もすべて儲りるのが代理母出産だ。一方で、依頼したカップルは(代理母の妊娠中も)普通に仕事をし、旅行もしている。10カ月の妊娠を体験せず、産みの苦しみも知らずに母親になるのはどうか、と迷いながら仕事をしている」。あっせんを続けるうちに疑問が募ってきたという内容だった。
 米ニュージャージー州では86年、有名な「ベビーM事件」が起きた。代理母と、出産を依頼した夫婦が親権などを巡り裁判で争った。代理母は、1万jで出産を請け負ったが、出産直後、子供を手放したくなくなり、金の受け取りを拒否した。州最高裁は「親権は代理母にあり、代理出産契約は違法」との判決を出した。専門委では、こうした意見や事例が考慮された。

◆母体の危険性

 もう一つの禁止理由は「妊娠・出産で生命を失う場合もあり、代理母の危険は大きい」という内容だ。死亡に至らなくても、妊娠が原因で高血圧などに陥り、重い場合は腎臓障害や脳出血などにもつ
ながる妊娠中毒症も、妊婦の1割前後に起きる。
 専門委メンバーだった吉村泰典・慶応大産婦人科教授は「全国で年間70人ぐらいが、妊娠のために命を落とす」と説明し、危険や負担は(専門医が条件付きで認めた)卵子提供とは比較にならない」と指摘する。
 ただ、産婦人科医の中には「年間110万以上の出産があることを考えれば、危険はそれほど高くない」との意見もある。

◆金銭の介在

 代理出産を認めると、金銭で出産を依頼する例が増え、商業化すると心配する声もある。精神的、肉体的に負担の重い出産を、カネで依頼することに対する嫌悪感だ。
 米国では、金銭を伴う代理出産契約が一般的になっている。鷲見さんも米国で、代理母に2万j(約240万円)前後の報酬を支払っている。
 一方、根津医師は「金銭のやり取りは禁止し、あくまでボランティア精神での代理出産に限るべきだ」と主張し、院内にガイドラインを設けたという。代理出産を認めている英国でも、実責以上の金銭のやりとりは禁じられている。

◆2人いる母親

 代理出産で生まれた子には「産みの母」と「依頼者の女性」の2人の母親がいることになる。親子関係が複雑になり、子供の心理に悪影響を与えることも考えられる。
 根津医師は依頼者夫婦と「子供が理解力の持てるころ(4〜5歳)になったら事実を話す」という契約を結んだという。しかし、「提供者の精子による人工授精の場合などでは、子供に知らせたがらない親が多い。子供が事実を知る権利だけを優先するのがよいか疑問」という専門家もいる。
 国の専門委では、参考人として招かれた元不妊患者の女性から「障害のある子が生まれた場合、どちらの母親が引き取るのかでトラブルが起きかねない」「代理母は、子供と引き離されると分かっており、妊娠中に胎児に無関心でいようと努力するはず。そういう心理は胎児に悪影響を与えるのではないか」という疑問が出された。
 日本の民法は、出産した女性を子供の母親と定めている。代理出産の場合、依頼した夫婦が親となるには養子縁組が必要になる。根津医師が実施したケースでも、生まれた子は依頼者夫婦の養子になった。
 英国でも、子供の出生後に裁判所に申請し、依頼者夫婦の養子とする制度になっている。

代理出産アンケート
 問題の多い代理出産だが、反対意見ばかりではない。
 国の専門委員会は99年に、一般国民4,000人を対象に、先端生殖医療についてアンケートを実施した。根津医師の実施したのと同様の代理出産技術は(借り腹)を「利用したい」または「配偶者が賛成すれば利用したい」との回答は計31%に達した。また、このような技術を社会的に認めるべきだと思いますか、との問いに対し「認めて良い」「条件付きで認めて良い」との回答が計53%。不妊患者804人へのアンケートではこの割合はさらに高く67%だった。
 厚生労働省は代理出産禁止などを含む法案を、03年の通常国会に提出しようと準備中だ。ただ、坂口厚労相は、来年半ばにも提出したい意向を示しており、早まる可能性もある。

2001年06月のニュースのindexページに戻る