毎日新聞−2001年(平成13年)06月12日(火)
「今、手術をすれば5年は生きられます」。子宮頸(ケイ)がん(@)で医師から治療を勧められた飯塚和子さん(49)=千葉市=は「5年命を永らえるよりも、今の1年が私には大事」と手術や抗がん剤治療を受けない道を選んだ。それから6年、高校教員だった飯塚さんは今、青山学院短大などで非常勤講師として家族社会学などを教えている。飯塚さんに聞いた。(聞き手・小島明日奈) |
子宮がん検診で異常が見つかり、検査を続けていましたが「今すぐ手術を。子宮と卵巣は全摘出、リンパ節もとります」と医師が夫に告げたのは95年7月です。がんでした。
「過酷ながん治療は受けたくない」。突然、そんな思いが突き上げてきたのは、入院受付の列に並んでいる間です。時間の流れを変えたいと、夫と外に出て梅雨空を見上げた時、「生きている」と実感しました。
私は10年前、卵巣嚢腫(ノウシュ)(A)で手術を受けました。その後数年間体調がすぐれず、苦しみました。今回も手術や抗がん剤投与、放射線治療などで少なくとも半年はかかるでしょう。しかもその後、今と同様の生活ができる保証はないと思いました。
かつて脳腫瘍かもと言われた息子は高校受験を控え、娘は外国に留学したばかり。家族でいろいろな困難を乗り越えつつある時期でした。
それまで私は死に直面した経験もありました。人はいつか死ぬ。自分も苦しみ、家族にも負担をかける5年より、私も家族も生活に困難を伴わずに死を迎え入れる1年を望みました。
薬局経営の夫は、がん治療が″あり地獄的な″過酷さにはまっていきやすいことに、心を痛めていました。周囲のだれもが私に手術を勧める中、私の選択を悩みながらも理解し、支えたのです。
担当医にとりあえず、手術の先延ばしを頼みました。「早急に手術しないと、春には歩いていない」と言われましたが、「冬までは大丈夫」とむしろほっとしました。
帰宅すると、知人から玄米食事療法の冊子が届いていました。それまでは関心がなかったが、その日ばかりは違います。「食べ物が体を作る」。そんな考え方が自分の中にストーンと落ちました。
すぐ1日2回の玄米雑穀飯とミネラルウォーターという食生活に切り替えました。免疫力強化と排毒のため朝夕散歩や体操をし、薬草茶(B)を飲み、気体功(C)、しようが湿布(D)やビワ療法(E)なども行いました。
私まるごとで見直すライフスタイルと体質改善を図ったのです。数週間で体が軽くなっているのを感じました。「かっこよく死にたい」とも思いました。大学院博士過程の受験のため予備校に通ったのは、合格よりも「いきいきと死ぬ私」を目指したからです。
因ったのは病気の進行を見、余命を教えてくれる医師がいなかったことです。病院を回っても、また手術を勧められます。
そんな時、「あなたと同じ考えの医師がいる」と教えてくれたのは母でした。「患者よ、がんと闘うな」の著者、慶応大学病院放射線科講師の近藤誠医師です。近藤医師は「進行だけをみてほしい」という望みを「そうですか」と受け止めてくれたのです。
同時に私は大学院にも合格しました。余命を考え、研究は短期間にまとめられるものに限っていましたが、楽しくも多忙で、がんを忘れました。
近藤医師が「がんがおとなしくなっている」と言った翌春、私は自分の足で歩いていました。そして昨春「不思議なこともあるんだな」と近藤医師が漏らされました。がんがほぼ消えたのです。不安がなかったといったら嘘になります。待って
いた言葉でした。
がんは少なくとも、治療法などを調べ、考える時間を持てる病気です。治療の選択は人それぞれですが、私は命を永らえるより、どう生きるかを選びました。西洋医学の貢献は否定しませんが、人間をパーツ(部分)でとらえ、治療後の生活への考慮がなされない傾向を指摘する声があることも事実です。「お任せ医療」ではなく、患者本人の治療の選択が尊重される必要を感じます。
私は今、こうした経験を生かして、がんになった時、本人や家族が治療法を主体的に選ぶための情報を盛り込んだ冊子づくりを、医療消費者ネットワークMECON(F)でお手伝いしています。病に限らず、生活者の自己決定権の尊重をめざす活動や、仕事を通じてもできる研究を続けていくのが、命をもらった私の務めかなと思っています。
@子宮頸がん | 子宮の入り口部分にできるがんのこと。初期のうちは症状が出にくいので、献身以外で見つけることは難しい。 |
A卵巣嚢腫 | 卵巣の中にできた腫瘍のこと。ほとんどは良性だが、がんが紛れ込んでいる場合がある。 |
B薬草茶 | 排毒と体質改善を目的とするヨモギ、ドクダミなどの薬草を煎じたお茶。 |
C気体功 | 人体を小宇宙ととらえ、その生命エネルギー(体内気)の調整・制御を施してもらう法。 |
Dしょうが湿布 | しょうがをすりおろした湯に浸したタオルを患部に当てる。 |
Eビワ療法 | ビワの葉を患部に当てたり、ビワの葉温灸(オンキュウ)をする。 |
FMECON | 患者主体の医療を目指す市民グループ。公開講座などで積極的に問題提起している。電話03-3332-8119。 |