毎日新聞−2001年(平成13年)06月12日(火)

「生きる力」を考える 第4部 新・教育の森

学力−D−

 「独立自尊」ほど遠い   戸惑う企業 欲しい人材少ない

 東京都千代田区の大型会議場・東京国際フォーラムは学生でいっぱいだった。カジュアル衣料の専門店「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングが今年2月に開いた会社セミナーだ。「日本的なシステムが崩壊した今、日本的なシステムを基準にした就職はよそう」―挑発的な文言が正面の大スクリーンに浮かぶ。2日間で集まった学生は約2万人に上った。
 急成長を続ける「ユニクロ」。全国の店舗は96年の229店から01年6月には518店に増えた。「入社後半年で店長になり得る人材」の確保を迫られる。
 しかし……。松岡保昌人事部長は「学生はたくさん集まるが、採用難だ」と嘆く。「ほしいのは独立自尊の商売人。つまりゼロからものを組み立てて考え、行動し、何が不足か振り返ることのできる人」。残念ながら「そんな学生は、ほとんどいない」と言う。
 教育に疑問を投げ掛けた。「自分の生き方全体の中での職業というものを考えさせていない。受験というハードルを越えたら、また次の試験のハードルがくる。目標はいつもハードルを越えること。就職も同様に考えているらしい」

 

 「また『青島刑事』か。なんだこりゃ」。就職の仲介会社、ワイキューブ(新宿区)の中川智尚専務は気が重くなった。
 昨春の自社の採用試験で作文を課した。よく似た内容が目につく。「事件の大小に関係なく捜査した」と「青島刑事」をたたえ、結論は「警察幹部は現場を分かっていない」とくる。
 三つのテーマから、ほぼ8割の800人程度が「警察の不祥事をどう思うか」を選んだ。400人以上の作文に「青島刑事」は登場する。「青島」といえば、人気テレビドラマ「踊る大捜査線」で、織田裕二がふんした主役の名前だ。
 中川専務は、99〜00年に各地で問題化した警察不祥事について「学生の考えを知りたかった」。なのに答案は、ドラマの筋書きの引き写しばかり。
 「青島」を書かなかった学生が内定した。

 リクルートが4日発表した来春卒業予定の大学生に対する求人倍率は前年の1.09倍から1.33倍へと、2年連続で増えた。とはいえ、不景気下で大手への就職希望者が増える中、1000人以上の企業の求人倍率は0.53倍にとどまる。
 就職予備校が人気だ。3年前に開校したベーシック・ビジネス・スクール(千代田区)の説明会には今年、1000人以上の大学3年生らが集まり、試験で″厳選″した23人が入学した。
 1月開講、6月末までのカリキュラムで、課題の一つは自己表現の仕方。授業で「ラブレター」を書かせる。「人が自分の中の真実の声を出す時、それはすごい迫力だし、強いものだから」と尾方僚代表。
 ところが、意外に書けない。ほとんどの″答案″が真っ白。「対象は何でもいいから」と促して、ようやく「私の好きな枕ちゃん。あなたがいなければ、私は眠れない」「かわいいネコちゃん。大きな目がすてき」……。日とを対象にしたものが見当たらない。
 好きな人がいないのか、いても書けないのか、あるいは書きたくないのか。尾方さんは「文章以前の問題で、人へのこだわりがないし、自分をさらけ出そうともしない」ととらえる。
 「独立自尊」からは遠い社会人候補生たちに、受け入れ側は戸惑う。

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