毎日新聞-2001年(平成13年)05月19日(土)

殺さないで−児童虐待という犯罪−
「追いつかぬ」相談所  名目予算増加の陰で 自治体間に対応格差

 まだ児童虐待防止法がなかった昨年2月、全国174カ所の児童相談所の約8割が「現行法(児童福祉法)では対応に限界がある」として法整備を求めている−との調査結果が公表された。虐待防止法が成立したのは、その3カ月後。調査活動や子供の保護を促すため児童相談所の権限が強化された。だが、悲惨な虐待事件は同法施行(昨年11月)後も続発している。しかも児童相談所が住民らから通告を受けながら、対応しきれずに犠牲者を出すケースが目立つ。それはなぜか。児童相談所はどうなっているのか。毎日新聞は各都道府県と政令指定都市を対象に児童相談所の実態についてアンケート調査した。                  【児童虐待取材班】

 調査は、全国47都道府県と12政令指定都市に、@過去3年間の虐待の相談件数A立ち入り調査、一時保護などの介入件数B児童相談所の昨年度と今年度の職員数・予算額−を聞いた。
 各自治体の統計は現時点で集計した暫定値だが、虐待相談の激増ぶりが改めて浮き彫りになった。また、虐待防止法施行後は、行政側が積極的な対応に迫られている状況が浮かんだが、職員の増員や予算措置などの「熱意」には自治体間で大きな羞が見られた。相談件数の爆発的増加に対応が追い付かない自治体が多い現状もうかがえた。

◆全国で増加

 2000年度の児童虐待の相談件数は計1万7000件を突破し、初めて1万件を超えた1999年度の約1・5倍に達した。都道府県別では鹿児島県が99年度の約2・9倍の166件、北侮道が約2・8倍の386件だったのをはじめ、6道府県2政令指定都市が前年度の2倍以上に。逆に前年度より件数が下回った地域は一つもなかった。
 一日平均の相談件数で見ると、98年度は約20件だったのが、99年度は約33件、00年度は4月から11月までの8ヶ月平均が約43件に増えた。さらに虐待防止法施行後の昨年12月以降は一日平均(一部は11月20日以降の数値を基に算定)杓53件に増えた。社会的な関心の高まりで通報が増えたと見られる。全国で一日に50人以上の子供たちが親や保護者の「暴力」、「無視」に泣いている計算だ。相談や通報されるのは氷山の一角とみられ、それ以上に虐待がまん廷しているのは間違いない。

◆介入にようやく本腰

 子供を虐待している家庭への立ち入り調査は、児童福祉法にも規定があったが、ほとんど実施されてこなかった。
 厚生労働省の統計によると、98年度の立ち入り調査件数は全国で13件、99年度は42件。00年度の件数について今回のアンケートでは、回答を寄せた44都道府県・12政令指定都市だけでも計99件に及んだ。一時保護の件数も98年度が1645件だったのが、00年度は43都道府県・12政令指定都市だけで計5875件に達した。
 虐待防止法は児童相談所に対して、通告を受けた時はすぐに子供の安全確認に努め、必要に応じて一時保護をするよう求めた。また、立ち入り調査の際は警察官の援助を求めることができるとした。

◆自治体の財政難

 今年度に入り、大阪市や横浜市が24時間体制で虐待相談に応じ、夜間でも場合によっては出動するための「支援隊」、「ホットライン」を開設した。埼玉県も先駆的な試みとして2年前、通報が入ってから最悪でも2日以内に対応する「48時間ルール」を児童相談所長の間で申し合わせた。だが、「24時間対応は将来の課題として話題にはなっているが、夜間も対応するのは要員の現況では難しい」と同県こども家庭課は率直に語る。
 虐待防止法は、虐待された児童を親元に帰すには「児童福祉司の意見を聴かなければならない」と定めた。厚生労働省は要員増のための予算を増額させている。アンケートでは昨年4月と今年4月の職員数の変化を聞いた。46都道府県・11政令指定都市から回答があった。児童福祉司は青森県が32人から55人へと大幅に増員したが、23都県・5政令指定都市は増員なしか1人増にとどまった。また、心理判定貝は34都道府県・9政令指定都市が増員なしか減員された。
 ほとんどの自治体が財政難で対策費が十分に盛り込めない状況だ。徳島県は「児童虐待防止等対策事業費」は昨年度の383万円から、今年度は830万円に増額したが、児童相談所全体の事業費・運営費は6692万円から4890万円に大きく削られている。「児童虐待」名目の予算は多くの自治体が増額しているが、「児童福祉」全体の環境が良好とは言えないのが実情だ。

救えなかった命  今年も3月までに16人死亡 情報はあった…
 警察庁のまとめによると、1〜3月に児童虐待で検挙されたのは57人、被害を受けた子供は53人(うち死者16人)に上る。
 「飼っていたハムスターにいたずらをした」、「犬のエサを食べたから」など、ささいなきっかけで激しい暴力を浴びせる事件が相変わらず多い。一方、児童相談所が住民や関係機関から通報を受け、虐待の情報をつかんでいながら対応が遅れ、虐待死を防げなかったケースが目立つ。
 埼玉県三芳町で飛鳥ちゃん(当時3歳)が実父から暴力を受けて死んだ事件では、その5カ月前にも飛鳥ちゃんは衰弱して病院に運び込まれていた。この時、児童相談所は虐待から守るため一時保護した。だが、1カ月半後、定斯的に家庭訪問を受け入れることを条件に、両親に飛鳥ちゃんを引き渡した。飛鳥ちゃんが自宅に戻ってから2カ月間に、計4回家庭訪問は行われた。
 「両親は保護期間中も毎週会いに来た。父親も勤務の都合をつけて平日にも訪れた。『親としての反省が足りなかった……』という文面の手紙も職員に手渡している。反抗したり児童相談所との接触を拒んだりする親も多い中で、この両親はなんとか信頼してもらおうと努力していた」と児童相談所側は言う。両親に飛鳥ちゃんを戻すかどうか検討した際には、職員全員が賛成した。
 埼玉県では虐待に関する相談は98年度に369件だったのが年々増え、虐待防止法施行後の昨年12月〜今年3月の4カ月間には497件に上った。2年前と比べ職員数や予算額はほとんど変わっていないのに、相談だけは4倍になっていることになる。急増する仕事に忙殺される中で職員たちの観察力や判断力が曇ることはなかったか。「確かに(家庭訪問していながら)虐待が再発していたことを見通せなかった判断は甘かったのかもしれない。自分たちプロの力が問われるところだ」と相談所は言う。
 3月7日に神奈川県相模原市で愛実ちゃん(当時3歳)が実父から暴行され死亡した事件でも、愛実ちゃんが通う保育園は全身のあざに気づき、写真を撮って市の保健婦に相談していたが、児童相談所は連絡を受けても家庭を訪れることはなかった。「両親に聴覚障害があったので対応は福祉事務所に任せていた」と児童相談所は釈明する。神奈川県でも98年は222件だった相談件数が、昨年12月〜今年3月には252件と、実に3倍のペースで増えているのだ。
 これらの事件は、児童相談所の態勢がまったく追いついていないことを示すとともに、職員にとっても従来のような意識や仕事の仕方では、続々と持ち込まれる相談に対処しきれない現実を突きつけている。

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