読売新聞−2001年(平成13年)05月16日(水)
未熟な研修医に支えられる大学病院。そこでは、基本的ミスによる事故も少なくない。
昨年十月の深夜。三重大学付属病院の第一内科病棟に入院していた男性患者(79)の貧血症状がひどくなった。
主治医は1年目の研修医(27)。指導役の30代の先輩医師は、民間病院の当直アルバイトで不在だった。電話で先輩医師は輸血を指示。たまたま医師詰め所にいた、医師5年目の大学院生(29)がカルテの確認をしないまま、A型の輸血伝票に必要事項を書き込み、研修医が輸血血液を取りにいった。
輸血前には血液型を間違えないよう、患者の血液と輸血血液を試験管で混ぜ合わせる交差適合試験を行う。別の1年目の研修医(26)を加えた3人がチェックし輸血が行われた。約1時間半後、容体が急変した。駆けつけたベテラン医師は「尿が褐色だ。カルテを見ろ」と叫んだ。患者はA型ではなく、0型だった。3日後、患者は死亡した。
深夜の病棟には当直のベテラン医師もいるが、「研修医から相談がなければ行くことは少ない」(葛原茂樹病院長)。夜間は看護婦二人だけで、血液型をチェックする輸血部も不在。研修医は基本的な輸血の研修すら受けていなかった。
「ベテラン医師なら、判定を誤らず、患者の変化に、もっと早く気づいたかもしれないが……」。葛原病院長は苦渋をにじませる。 今年3月、研修医ら医師3人と看護婦が、業務上過失致死容疑で津地検に書類送検された。患者の妻は「大学病院なのに、未熟な医師ばかりだったなんて」と嘆く。だが、これは同大だけの問題ではない。
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もっと危険なのは、研修医がアルバイト先の民間病院で行う単独診療だ。
「医局の教授は、『食いぶちは自分で稼げ』が持論ですから」。そう話す都内の私大病院の2年目の外科研修医の手帳には月22回も「当直」の赤い印が並ぶ。大学からの給与は月5万円。民間病院2か所で当直のアルバイトをこなす。
今年2月の夜。アルバイト先に呼吸困難の70代の男性が運ばれてきた。酸素マスクをあてるが顔色は真っ青。「僕には無理だ」。救急病院に次々電話した。「患者を受けてください」。だが、すべて拒否された。
救命処置の研修を受けたことがないため、呼吸確保もうまくできない。電話をかけ続け、ようやく30`以上離れた病院が受け入れてくれた。「あのままでは死なすところだった」
傷の縫い方や10数種類の薬の使い方を教わり、2か月目からアルバイト先の病院で当直をまかされた。病院長からは「救急患者はみんな受け入れろ。無理だと思ったらすぐほかに回せ」と言われている。
大学病院との往復で体力は限界だ。事故の不安を訴えても、教授は「ミスは精神力で防げ」と叱咤するだけ。この研修医は「いつ取り返しのつかない事態になるか不安。でも、医局ごとに先輩から引き継ぐアルバイトは断れない。本当はお金より、しっかりした研修を受けたい」と話す。
輸血ミスの起きた三重大病院では、研修医のサポート体制を強化させ、輸血部も当直体制を導入する。
葛原病院長は「研修のあり方は一病院で解決できる問題ではない。国も真剣に考えてほしい」と訴える。