読売新聞−2001年(平成13年)05月16日(水)
解説と提言 |
和歌山市で起きた介護支援専門員(ケアマネジャー)による強盗殺人事件で、高齢者と福祉関係者の金銭トラブルを防ぐための″安全網″の必要性が、改めて浮き彫りになった。 社会保障部 猪熊 律子 |
今回の事件が衝撃的だったのは、容疑者が、介護保険制度のかなめであるケアマネジャーだった点だ。ケアマネジャーは、高齢者や家族から相談を受け、介護計画の作成や生活支援にあたる介護の専門職。財産状況などのプライバシーも知りやすい立場にあるため、通常は高い倫理観を持って仕事をしている。
ただ、最近、「担当していた男性から現金300万円をだまし取った疑いで、元ホームヘルパーを逮捕」(今年2月、島根県浜田市)「ヘルパーが、担当している男性の銀行口座から950万円を引き出し、自分の口座に振り込んでいたことが発覚」(昨年9月、東京都世田谷区)など、福祉関係者が高齢者の財産に手を付けるケースが、相次いで明らかになっている。
高齢者の預貯金を勝手に引き出したり、不動産を無断で処分したりする行為は、「経済的虐待」と呼ばれ、かねてから対策の必要怯が指摘されていた。今後、高齢の独居世帯や要介護者が増える中、「介護の社会化」が進むことで、福祉関係者が高齢者の財産にかかわる機会の増加が予想され、万が一の被害防止の仕組みを早急に考えることが必要だ。
まず、財産管理を専門家に関与させるルールの確立だが、神戸市の居宅介護支援モデル契約書が参考になる。そこには、金銭管理が必要な場合、権利擁護センターなど地域の財産管理の専門家に連絡することが盛り込まれている。
高齢者を孤立させない仕組みも大切だ。NPO法人「サポートハウス年輪」のケアマネジャーで、西東京市議でもある安岡厚子さんは、「一人暮らしの高齢者は、最初は警成心が強くても、いったん親しくなって孤独感が解消されると、信頼しきって″すべてお任せ″になりがちで、被害者になりやすい」と指摘する。民生委員や介護相談員、地域のボランティアなど、高齢者が信頼して気軽に話せる人が複数いる環境が望ましい。
金融機関の対応も重要だ。米国・西海岸の「ユニオン・バンク・オブ・カリフォルニア」では、1999年から2000年にかけて、ビデオを作成して行員の訓練を行った。預金を引き出しに来た高齢者の態度がいつもと違ったり、使途がはっきりしなかったりした場合は、その場で現金を渡さず、地元の相談機関に連絡する。また、金銭に関することは必ず書面に残すなど、アドバイスをまとめたパンフレットも作成・配布した。
日本の金融機関も、現金の引き出しが一定額以上になると本人確認をしているが、経済的被害の防止につながる対応は今後の検討課題。高齢者の預金を第三者が引き出す際の手続きを厳格化することなどが考えられ、日本大学の田中荘司教授(高齢者福祉論)は、「被害防止における金融機関の役割は大きい。社会全体で高齢者を守る姿勢が大事だ」と強調する。
老後の安心を確保するため、ケアマネジャーやヘルパーの職務マニュアルの整備、行政やボランティアによる地域での生活支援の充実、銀行をはじめとした民間レベルの取り組みの推進など、多角的な対策が求められる。