読売新聞−2001年(平成13年)05月15日(火)

高齢者 施設から在宅へ
−でも、独りの生活は不安……

 介護施設を出て自宅で生活しようとする高齢者への支援が、注目を集めている。自分の住まいでのマイペースの暮らしは、高齢者自身にプラスになることが多く、こういう人が増えれば施設の有効利用にもつながるが、現状では課題も少なくない。<施設からの自立>について、特別養護老人ホーム(特養)を出て一人暮らしを始めたお年寄りのケースを中心に考えてみた。                                                (安田 武晴、本田麻由美)

 「要支援」で自立を決意

 「やっぱり自由はいい。もうかごの中の鳥には戻りたくない」
 東京都葛飾区の富田豊さん(仮名)(77)が昨年11月15日、約10年間の施設生活に区切りをつけ、アパートで一人暮らしを始めて、ちょうど半年が過ぎた。
 ″自立″のきっかけは、介護保険施行前の一昨年秋、要介護認定で「要支援」と判定されたことだった。
 富田さんは、民間アバートで一人暮らしをしていた1991年1月、不規則な食生活などが原因で体調を崩し、杉並区内の養護老人ホームヘ入所。病院に入退院を繰り返すうち、寝たきり状態になったため、98年7月、葛飾区内の特養に移った。
 ここでの規則正しい生活で体調は回復し、リハビリに励んだ。1年もしないうちに、つえだけで歩けるようになると、自由な一人暮らしの生活が懐かしくなった。25歳で結婚したが1年半で離婚。その後、一人暮らしを続けた経験があり、「たいていのことは自分でやれる自信があった。『要支援』で、施設で介護を受ける必要がないとわかると、ホームの庭にいる野良猫がうらやましくなった」と振り返る。

行政も支援チーム結成

 目は悪いが、ラジオから情報を得られる。右手の指が2本動かないが、基本的な家事はこなせる。2か月ごとに入る17万−18万円の厚生年金に加え、約80万円の貯金もあった。
 葛飾区も、ケースワーカーや保健婦、在宅介護支援センターの職員ら6人でチームを作り、退所を支援する態勢を整えた。
 本人の希望で、まず民間の賃貸アパートを探すことに。入所中の特養ホームに近く保証人なしで借りられる、という条件を満たす物件を見つけるため、不動産業者を20か所以上も訪ね歩いた。幸い、条件に合った物件を月約4万円で借りることができた。室内を改修し床の段差を解消。改修費の9割を区が補助した。
 貯金を使って必要な家具や家電品を入れたが、エアコンや洗濯機など扱い慣れないものを嫌がった。特にエアコンの設置は、納得させるのに1か月もかかった。電話のかけ方や電磁調理器の使い方などを繰り返し練習させた。
 一人暮らしを始めた後も、定期的にアパートを訪れ、健康状態をみたり、話し相手になったりした。

行動範囲も広がって

 半年が経過し、富田さんの在宅生活は予想以上に順調だ。昼食は配食サービス等を利用するが、朝晩の食事は自分で作る.掃除、洗濯もこなす。ほぼ毎日、近所の商店街へ買い物に出掛け、週一、二回の銭湯も欠かさない。約2時間の散歩が楽しみで、範囲も当初、、半径五十bほどだったのが、約七百bに広がった。
 ホームヘルパーが週一回、支援チ−ムのメンバーも月2回、アパートを訪れる。初めは、ヘルパーが週三回、支援チームも毎日訪問していたが、今は必要ない。区のケースワーカーは「極力人に頼らないという強い精神力が、自立を成功させたと驚く。
 貯金が20万円ほどに減り、いずれは生活保護を受けることになるかもしれない。それでも富田さんは前向きだ。

マイペースで暮らしたい  周囲の支え不可欠

 介護保険制度では、要介護認定で「要介護1」以上と判定されないと、施設入所はできない。厚生労働省によると、全国の特養に入所している高齢者のうち、「自立」「要支援」は、昨年6月末現在で約7,400人。これらのお年寄りは、「要介護」状態にならない限り、2005年3月未には退所しなければならない。
 また「要介護1や2程度でも、高齢者住宅などで介護サービスを使って生活できるお年寄りは多い」との指摘もあり、入所待機者が急増する中、より介護の必要性の高い人に優先的に入所してもらうためにも、自立できる高齢者が特養を出て新たな生活を始められるようにする支援が、今後ますます重要になる。
 しかし、同省が97−99年度に行った特養退所モデル事業では、初年度に対象になった全国53施設・338人のうち、自宅やケアハウスなどに移れたのは20人(全国老人福祉施設協議会調べ)にすぎなかった。
 モデル事業終了後も独自に退所支援を続けている北九州市は、「家族の事情もあって自宅復帰は難しい。自宅以外でも、ケアハウスなどは生活費をはじめ月10数万円程度の負担があり、年金で払えない高齢者も多い」(高齢者福祉裸)
と、退所が進まない事情を話す。
 また、高齢者住宅などへの移動は「友人と離れたくないなど人間関係もネックになっている」(名古屋市)との指摘もある。
 一方、北海道釧路市の特養「釧路昭和啓生園」では、これまでに「要支援」一人、「要介護1」三人が退所、隣接した高齢者向けの集合住宅・生活支援ハウスなどに入居した。波多野実施設長は「隣にある特養の行事に参加できて、友人とも離れなくてすむ。状態が悪くなった場合の再入所も約束したことで、高齢者や家族の不安が除かれたようだ」と語る。
 ただ、高齢者住宅など受け皿不足が問題になっているほか、試しに外泊をしても「体力的に自信が持てない」と本人の意欲が高まらなかったり、家族が不安視して特養に戻った例もあるという。
 これについて、すでに11人の特養退所を実現した東京都品川区高齢福祉課の早津一彦課長は、「高齢者の不安な気持ちを取り除き、自立した生活を支援するには、新生活のための条件整備が必要だ」と強調。@住む住宅の確保A退所後の介護サービスの手配B年金の有無による生活保護などの経済的対応−など、行政と施設側の連携が欠かせないとしている。
 厚生労働省でも、受け皿不足解消のため、生活支援ハウスを、現在の約300から5年後には5〜6倍に増設する計画だ。

介護保険制度見直しを要望    全国町村会
 全国町村会(会長・山本文男福岡県添田町長)はこのほど、介護保険制度に関する緊急要望をまとめ、厚生労働省に提出した。主な内容は、@施設入所対象者を、現行の要介護1−5から要介護4、5のみとし、同1−3は家族構成など考慮の上、特に必要と認められる場合に限定するA現在は身体介護、家事援助、両者の複合型と三類型に分かれている訪問介護の介護報酬を一本化する−など。
 このほか、低所得者の保険料・利用料減免措置と、そのための国、都道府県による財政補てん制度の創設を提案。慢性疾患の患者らが長期入院する療養病床については、すべて医療保険の適用とするなど、制度の大幅な見直しを求めている。

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