毎日新聞−2001年(平成13年)05月13日(日)
クローズアップ2001 |
「介助犬法案」が今国会にも提出される見込みになっている。超党派の国会議員でつくる「介助犬を推進する議員の会」(会長・田中真紀子外相、108人)が法案作成を進めており、障害者の社会的アクセス保障をうたった新法制定と既存の福祉関連法の改正を組み合わせた幅広い法案になる方向が見えてきた。障害者の手足となって活躍する介助犬は国内でまだ十数頭に過ぎない。法制化をきっかけに、質のよい介助犬を育成するシステムができれば、全国で165万人といわれる肢体不自由者の社会参加に新たな可能性を広げることができそうだ。 【山本真也】 |
介助犬の存在を法律で認めている国がある。アメリカは90年に制定した「障害を持つアメリカ人法」 (ADA)で、介助犬や盲導犬を含む介助動物を「個々の障害者を手助けするために訓練された動物」として幅広く定義。公共の場所での同伴拒否を禁じた。イギリスでも95年に成立した「障害者差別禁止法」(DDA)で、タクシー乗車に同様の規定を設けている。
しかし1000頭以上と世界で最も多くの介助犬が活躍するアメリカでは、さまざまなトラブルが起きている。ADAやDDAは、「なにをもって介助犬とするか」という基準や訓練士の資格について定めていない。そのため、訓練が不十分な犬が譲渡されたり、1頭3万〜5万jの高額で取引される無秩序な状態が生まれている。
ワーキングチーム代表の中川智子衆院議員は「質のよい介助犬を増やしていくのが大前提で、アクセス法だけでは不十分」と強調する。そのため、社会福祉法や障害者基本法などを改正し、アメリカやイギリスにはない、きめ細かい制度を目指している。
「お客さん、ペットの持ち込みは因ります」
「介助犬なんですが」
「介助犬? 盲導犬ではありませんよね。とにかくペットは困るんです」
兵庫県宝塚市に住む車椅子のコンピュータープログラマー、木村佳友さん(40)は、介助犬のシンンアと暮らし始めた約5年前、外出先で何度も入店を断られた。
障害者をサポートする介助動物。国内には、介助犬のほか、視覚障害者を歩行誘導する盲導犬、聴覚障害者に音源を知らせる聴導犬がいる。法的に認知されているのは盲導犬だけで、介助犬と聴導犬はペットと同じ位置付けだ。
盲導犬は道路交通法で「目が見えない者は通行の際、政令で定める杖または、盲導犬を連れていなければならない」と規定されている。今年4月には身体障害者福祉法と社会福祉法が改正・施行され、訓練施設が税制上有利な社会福祉法人になることができるようになり、都道府県の貸与事業も認められた。加えて、公共の場や交通機関での受け入れ、公営住宅での同居については、国から通達や省令が出ている。
介助犬にも法的根拠を与えれば、国や自治体はさまざまな支援が可能になる。
「議員の会」は今年3月、法案作成の実務を行なう14人のワーキングチームを発足させた。初会合では「介助犬を盲導犬と同じレベルにするのではなく、盲導犬の足りない部分にも配慮してより良いものをつくろう」との意見が相次いだ。
日本財団が昨年行った調査によると、約30万人の視覚障害者のうち、盲導犬の潜在需要は約7800人に上るという。しかし、盲導犬の実働数は日本で育成が始まって約40年がたってもまだ850頭。乗り物などでの受け入れを求めた通達には強制力がなく、同伴拒否はまだ根強い。
聴覚障害者は約35万人といわれるが、聴導犬もまだ十数頭だ。4月、大阪市在住者の聴導犬が初めてJR西日本への同伴乗車を認められたが、社会的認知はまだ低い。
ワーキングチームは、介助犬だけでなく盲導犬や聴導犬を含め障害者の社会的アクセス確保を保障する新法の制定を「介助犬法案」の1つの柱にしている。
介助犬の育成は70年代にアメリカでスタート、日本では90年代から民間によって育成が始まった。車椅子のコンピュータープログラマー、木村さんは飼い犬シンシアを東京の訓練施設に預け、96年に介助犬とした。シンシアは落としたフロッピーを拾うなど、在宅勤務生活には欠かせない存在になったが、逆に同伴拒否で外出の範囲が限られるというジレンマに陥った。
介助犬をめぐる状況が大きく動き出したのは98年。毎日新聞が木村さんペアを軸にした介助犬支援キャンペーンを開始。間もなく、医師、獣医師らがつくる「介助犬の基礎的調査研究班」に旧厚生省から助成が決まった。地元の宝塚市もハーネス(胴輪)の助成を決め、自治体として初めて介助犬を公的に認知した。
木村さんらは99年2月、初めて介助犬同伴で国会を傍聴。議員会館で現状を訴えた。そこに出席した議員が核となり、同7月に64人で「介助犬を推進議員の会」を結成した。
一方、民間でもダイエーグループや阪急百貨店が介助犬の受け入れを表明。兵庫県内の飲食店、理容店など1万4000店加盟する組合も、県が独自の介助犬認定制度を設けたのを受け、加盟店での受け入れを始めた。また宝塚市が公募して「介助犬同伴OKステッカー」を作成。毎日新聞大阪社会事業団「シンシア基金」で製作費を助成し、ステッカーは全国の店舗や施設に広がりつつある。
昨年6月、旧厚生省も有識者による検討会を設置。今年7月をめどに介助犬の認定基準などについて報告書をまとめる。100人以上に増えた議員の会は、今国会(6月29日まで)での提出・成立を目指している。