毎日新聞−2001年(平成13年)04月17日(火)

 動き出した有機JAS−上−
 負担・リスク…生産者、二の足 「品物不足」

 野菜や豆腐などに見られた「有機」という表示の中身が、4月から変わった。JAS(日本農林規格)法の改正で品質表示が厳しくなり、第三者機関の認証を受けたJASマークがないと「有機」の表示ができなくなった。いわば″ニセ有機″の排除だ。表示の強化で生産や流通の現湯はどう変わるのか。最前線をリポートする。                  【小島 正美】
◆事務作業に追われる

 「農民がこんな分厚いファイルを作成する事務作業に追われるなんて、想像もしなかった」。こう言って、JAS法改正
の一端を語るのは栃木県壬生町の中屋末人さん(52)。15年前から無農薬、無化学肥料の有機栽培を手がけ、現在、約2fでレタス、ハクサイなど約70品目を作る。4月からは有機農産物と表示して出荷するには、政府の認めた登録認定機関による検査、認証が必要になった。その認証に必要なのが、品目ごとに栽培記録などを記入したファイルだ。

◆日は当たったが…

 仕事量が増えただけでなく、費用負担もかさむ。認定機関に払う認定料金、検査員の旅費・交通費、JASマークのシール代、段ボール箱の新規製造費用などが新たな負担となる。翌年からは監査費用もかかる。現在、国内には38の認定機関があり、認定料金は約5万〜20万円。中屋さんは6人グループで認証を得たため、1人あたりの負担は約5万円で済んだが、それでも「負担は大きい」という。 とはいえ、農産物にJASマークがつくことで信用度は格段に高くなった。中屋さんは「昔は有機農業といえば、変わり者のイメージだったが、JAS法のお墨付きでやっと日の当たる生産者になった感じだ」と今後は、本物の有機で勝負していくつもりだ。
 ところが、肝心の有機農産物はあまり出回っていない。大手スーパーのジャスコは有機JASの野菜を積極的に販売しているが、他のスーパーは「安定供給が難しい」「値段が高くては売れない」などの理由で販売に消極的だ。

◆生産者への支援なし

 有機JAS農産物があまり出てこない背景には、「表示だけを厳格にしたため、逆に生産者の意欲をそいでしまった」との声もあるようだ。いったん有機JASの認定を受けても、たった一度でも農薬を使うと、その後2年間は認定が取れなくなる。リスクが大きいのだ。 千葉県のJA山武郡市睦岡支所は、55人の生産者がまとまって有機農業に取り組む全国でも珍しい生産地だ。これまでに38人が有機認定を取得した。5月にかけて、ダイコン、コマツナなどを首都圏の市場へ出荷していくが、需要に追いつかず、新規の引き合いは断っている状態だ。
 有機農業の拡大に力を入れている下山久信・同睦岡支所長は「今度の改正JASは有機農業の拡大を狙うものではない。欧州や韓国と違って、生産者への補助育成策がないのが最大の問題だ」と指摘、生産者だけが負担やリスクを負う現状では有機農業は広がっていかないと話す。
 現在、全国で有機農業を営む農家は1%にも満たない(農水省調べ)。

◆環境保全に寄与せず

 JAS認定は環境保全型農業の推進にとっても、必ずしもプラスになっていないとの意見もある。宅配などを手掛ける生産者団体「ファーマーズクラブ赤とんぼ」(山形県高畠町)はJASでなく、環境によいマネジメントを認定したISO(国際標準化機構)14001を取得した。天候異変などでやむを得ず、農薬を使う場合は許容する考え方だ。
 今後、通常より農薬使用の少ない省農薬や無化学肥料の米などを販売してゆく。「赤トンボが住める環境を全国に広げていくには、少数の人が完全な有機農業を行うよりも、できるだけ多くの生産者が減農薬栽培などを実践した方がはるかによい」と独自の環境保全型農業を目指す。

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