毎日新聞−2001年(平成13年)04月16日(月)
ネギ、生シイタケ、畳表(イグサ)の3品目に対して暫定的にセーフガード(緊急輸入制限)が発動される。
最近の輸入農産物の増加は、生産農家にとっては死活問題である。だが、教料書問題や台湾問題でただでさえ関係が悪化している中国はどう対応してくるのか。韓国がニンニクに対してセーフガードを発動した際、中国が報後措置に出たことを考えると、日本への報復措置は確実だろう。
この問題で、都市住民は大きな犠牲を強いられている。対象農産物の価格が高騰するうえに、成長する中国市場への足がかりが途絶えてしまう。このことは、日本全体の国益で考えた場合、適切であったのだろうか。
地域の自立をないがしろにしてきたことが深刻な地域対立を生む危険性がある。政府はセーフガードを発動するならば、せめて農業法人の農地保有を認めるなど農業の自立方策を真剣に考えてほしい。200日後にはもう一度決断の時が訪れる。問題の先送りはもはや許されない。
満開の桜の下をピッカピカの新1年生が通学しています。周りの期待をいっぱいに、背負ったランドセルがまだ少しなじみきれないのがほほ笑ましい。
昔と違って幼稚園や塾通いなどで、すでに社会生活の一部を経験している子供が多いせいか、みんな利口そうに見えます。多数の友達と仲良く勉強する学校生活が始まりました。
でも、勉強することばかりに気を取られ、体づくりや知育、徳育が専重されないような今の教育の風潮が気になります。
知識を蓄えることは大切ですが、自然の中でたまには十分に開放感を味わってほしい。室内でテレビゲームをするより、戸外で友達と遊ぶことで将来、大人になっていくため必要な思考力、人間関係の大切さを身につけてもらいたい。
人の心の痛みを理解できる優しい子供に育って、と切に望みます。健康で明るく、思いやりができるよう、子供と一緒に頑張りましょう。
独身の私は、子育ての経験もなく、子供と接する機会もあまりなかった。だが、昨年から書道を教え始め、正しい鉛筆の持ち方のできない子供が多いことに驚いている。それでは、と箸の持ち方から教えようと思ったら、箸も正しく使えない。
私も幼いころ、箸の持ち方が変で、祖父に厳しく躾られた。「食事がまずくなる」と腹を立てていたが、今思えば、感謝の一言に尽きる。日常生活の何気ない行動も、身辺にいる大人が気づかなければ幼い子供は分からない。
小学生のころ、鋏の刃の方を握って先生に手渡すと、「お母さんがよく躾けてられるのね」と感心していた。私にすれば、人に刃物を渡す時はそうするのが当たり前の行為だったので、そう言われたことにびっくりもし、うれしくもあった。
子供は親の背中を見て育つと言われる。学校教育がどうのこうのという前に、大人がまず、自分を直していかなければならないと痛感した。
職人の技を養成する目的で設立された「ものつくり大学」が開校し、第一期生358人が入学した。新入生はこれからどんなふうに修行していくのか、将来が楽しみだ。
だが、新入生は、この大学で4年間学んだら一人前、といった甘い夢は最初から捨てたほうがいいと思う。職人の世界には修行の終着駅はない。学問より技がものを言う実力社会だからである。
私の父は「板前」と言われる和食料理人だった。小学校を終えると、すぐ料理屋へ住み込みの年季奉公に出された。使い走りの小僧から始まった修行は、洗い方、焼き方、煮方と上がって、花板と呼ばれる板場の親方になった時は、30代の半ばを過ぎていたという。 「料理の味は学問や理屈をこねてできるもんじゃない。技と経験が勝負どこだ」。口癖のように言っていた父は包丁一筋の人生を83歳まで全うした。 プロの技を目指す人にとって経験は最良の教師と言えるようだ。
公共の場所を禁煙にすることは、受動喫煙が人に苦痛を与え、
健康を損なうことがはっきりしているので当然のことである。
その結果、喫煙者は窮屈になる。非喫煙者からすると、他人に迷惑をかけるのだから、窮屈になっても仕方がない、と言うかもしれない。
米国を旅行すると、レストランや商店は、どこでも禁煙である。入り口のカウンターにある「禁煙をありがとう」の表示をよく見かける。 喫煙者は一種の薬物依存症だから、禁煙場所ではたばこを吸いたい欲求を我慢しなければならない。非喫煙者はそれに対して感謝の気持ちを持つことも必要ではないだろうか。