毎日新聞−2001年(平成13年)04月16日(月)

もっとサイエンス

抗生物質 使い過ぎ是正へ
−学会のガイドラインまとまる−

 抗生物質の適正使用についてのガイドラインを、日本化学療法学会と日本感染症学会が合同でまとめ、3月に厚生労働省に報告書として提出した。同省が委託する医薬品適正使用事業として作ったもので、抗生物質の乱用に歯止めをかけるのが目的だ。2学会は6月ごろにも、報告書の概要版を市販して内容の普及を図るが、欧米などでは「不要」とされているケースで、使用を勧める記述が残るなどしており、批判も出ている。                                【高木 昭午】

耐性菌や、副作用の減少を…… それでも欧米と対応に差

 国内の抗生物質使用には以前から、「不要なものも多い」という指摘があった。化学療法学会の責任者として報告書をまとめた、東京慈恵医大第2内科の柴孝也教授は「明確なデータはないが日本では、人口がほぼ倍の米国に匹敵する抗生物質を使っているだろう」と推測する。実際、日本では抗生物質が効かない耐性菌が増えている。普通の抗生物質が効かないメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)は、大病院で患者から検出される黄色ブドウ球菌の6割前後に達し、米国の3〜4割、抗生物質使用に厳しい北欧の数%を上回る不要な薬は副作用の危険を増し、医療費の無駄にもなる
 中でも問題になってきたのが風邪への使用と外科手術の際の使用法だ。
 抗生物質は細菌を殺す薬で、抗菌薬とも呼ばれる。風邪の大半は細菌ではなくウイルスが原因で、抗生物質では治らない
 それでも日本では、風邪の患者に抗生物質を使う医師が多い。ウイルス感染に加え、細菌にも感染するのを防ぐためとされる。
 欧米などの対応は異なる。オーストラリアの抗生物質使用法ガイドラインは、風邪や鼻炎などの「上気道炎」について「(比較的安全だとされる解熱剤の)アセトアミノフェンの投与と適切な水分補給で症状は軽くなる。患者には、ほとんど自然に治ることを説明する」と記している。風邪一般に抗生物質を使っても、治療効果も細菌感染の予防効果もないことが、1950〜60年代の臨床試験で証明されているからだ。抗生物質使用は、細菌による扁桃腺炎の場合などに限っている。

★矛盾した記述★

 2学会のガイドラインは今回、欧米などの精神の一部を取り入れた。「適切な抗菌薬の選択」の章では、上気道炎の原因としてウイルスや細菌をあげ、「(効果があるという)根拠に基づいた医療を行う」と記す。扁桃腺炎など細菌が原因の場合だけの使用を勧めていると解釈できる。
 ところが、「小児領域感染症」の章には、上気道炎に「ペニシリン系の薬が推奨される」と、矛盾した内容がある。しかも市販される概要版では「根拠に基づいた医療を」の記述は省かれ、ペニシリン推奨だけが残るという。
 抗生物質の使い方について複数の病院で医師たちの相談役を務める青木真・東海大病院非常勤教授は「使用が必要な細菌性扁桃腺炎と、不要な風邪を明確に区別するべきだ」と指摘する。
 青木さんは昨年出した感染症診療の教科書に「透明な鼻水が目立つ鼻炎患者はウイルス感染を疑い、抗生物質は使わない」と書いた。「抗生物質は、必要な場合だけ、殺したい菌に合う薬を十分な量使うのが原則です」と訴える。

★手術後の使用に差★

 手術についてはどうか。
 日本では外科手術後の感染予防のため、手術直前から術後一週間まで抗生物質を使うことが多い。
 一方、米国疾病管理センター(CDC)のガイドライン草案は同じ予防投与について、抗生物質を「手術開始直前に使い、場合によって手術中に追加する」と規定。術後の使用は有効だとの根拠がないとして退けている。オーストラリアのガイドラインも同様だ。
 日本の2学会のガイドラインは、この点でも矛盾した内容になっている。
 「治療前検査、早期診断、治療」の章は、根拠の確立した方法として、欧米流の「手術前から手術中の短時間のみの使用」をあげる。さらに「根拠のない予防投与は効果も期待できず、耐性菌まん延の原因となり、患者に副作用のリスクを与える」と警告する。
 ところが「外科感染症」の章は「使用は手術直前から3〜4日間以内」と記す。概要版にはこちらの記述だけが残るという。
 「3〜4日間以内」について東京都済生会中央病院の北原光夫副院長は「遅れた考え方だ。何日も抗生物質を使うとかえって手術後の感染や死亡が増える」と警告。その根拠として79年の米国の論文を示した。
 胃や大腸などの手術を受けた患者451人を、くじで約半数ずつに分けた。片方のグループには手術直前と手術中だけ抗生物質を使った。もう片方では手術後5〜7日間まで使った。手術後に感染が起きた患者は「手術中だけ使用」は10%、「術後5〜7日間」が15%だった。死亡も「手術中だけ」は3.8%と、「術後」の4.6%より少なかった。

★今後の改善に期待★

 2学会が術後3〜4日間の使用を認めた理由について、東邦大第3外科の炭山嘉伸教授は「欧米では、手術の傷口の感染を防ぐために抗生物質を使う。日本では傷口に加え、肺や尿路などの感染を予防する狙いもある」と説明する。しかし肺などの感染症が減るという具体的データはない。
 炭山さんは「日本では術後1週間程度の使用が普通で、突然、手術当日だけにするべきだと言っても受け入れられない。今後、欧米並みのガイドラインに改善されると思う」と付け加えた。
 慈恵医大の柴さんは「風邪でも手術でも抗生物質の予防効果を確かめたデータは日本にほとんどない。しかし欧米のデータでガイドると日本の実情に合わない。専門家の意見をすり合わせて作らざるをなかった」と話し、一都に矛盾が残るのは仕方ないと釈明している。

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