毎日新聞−2000年(平成12年)12月16日(土)

女性誌に描かれた
20世紀D

消費者の目 いい商品を求めた

 「あれは生涯最良の日でしたよ」

 「暮しの手帖」の名物編集長、花森安治さん(1978年に66歳で死去)がうれしそうに語っていた東京消防庁との"水かけ論争″。それは、入念に重ねてきた商品テストの成果が、世間に認められた晴れの舞台でもあった。
 「石油ストーブの火はバケツの水で消える」−「幕しの手帖」が特集記事(93号)で、世に問いかけたのは68(昭和43)年2月。「石油ストーフが倒れたら、まず毛布を」とPRしていた東京消防庁は「火消しの素人が無責任なことを言うな」と反発。「暮しの手帖」は「実験の結果、バケツ一杯の水で消える」と負けずに反論し、自治省消防庁が公開実験を行った。
 消防関係者、編集部員、報道陣が集まる中、素人の主婦たちが25回、2日間にわたって実験した結果、「初期段階では毛布も水も有効だが、火勢が破くなれば水しか方法がない」と水に軍配があがった。
 60年に「石油ストーフをテストする」(57号)を公表して以来、8年間の火災テストの経験があった。幕しの手帖社社長の大橋鎮子さん(80)は「これに負ければ、雑誌がつぶれると思ってましたから、みんなで喜びましたよ」と振り返る。

非戦は家庭から

 「男に使われるのはもうたくさん。戦争が終わったし、自分の手で女の人に役にたつ出版をしたくなった」。大橋さんがそう思い立ったのは、終戦直後の45年の秋。勤め先の日本読書新聞の編集長から紹介されたのが花森さんだった。
 東大で美学を学び、戦時中、戦争遂行に協力した「大政翼賛会」宣伝部で仕事をしていた花森さんは、「こんどの戦争に、だれもがなだれをうって突っ込んだのは、一人一人が自分の暮らしを大切にしていなかったからだ。温かい家庭があれば、戦争にならなかったし、そのような家庭をつくるためには女の人が大事だ」と語った。当時、大橋さんは25歳、花森さんは34歳。「いっしょにやろうと決めるのに10分とかからなかったわ」と大橋さんは懐かしそうに振り返る。
 2人は翌46年に「スタイルブック」を出し、「美しい暮しの手帖」を48年9月に創刊した。花森さんは、編集者としての思いをこう書いている。「美しいものは、いつの世でもお金とヒマとは関係がない。みがかれた感覚と、まいにちの暮らしへの、しっかりした眼と、そして絶えず労力する手だけが、一番うつくしいものを、いつも作り上げる」
 台所、住まいの知恵や改善、健康や料理について、わかりやすくきめ細かく書き、実用書として着実に部数を伸ばした。だが第一の特徴は、家庭用品や家電製品の入念な商品テストを行い、メーカーの名をあげて、商品の「いい、わるい」をはっきり書いたことだ。ミシンのテストでは、35台を2年間踏みつづけ、電気掃除機では、各メーカー品を10万b動かした。あらゆる状況を想定してのテストには、時間とお金を惜しまず、完全を期した。
 だが「商品テストは、消費者のためにあるのではない」と花森さんは強調していた。「なにもかしこい消費者でなくても、店にならんでいるものがちゃんとした品質と性能を持っていればいい。そんな世の中になるために、作る人や売る人が努力してくれるようになるためだ」
 68年8月、「戦争中の暮らしの記録」を特集した。読者からの戦争体験の記録で一冊まるごと埋めるのは大きな冒険だったが、116万部も売れた。花森さんは「どうしても、こうせずにはいられなかった」と言い、「暮らし」の立場から政治的な発言を続けた。
 その花森さんが亡くなって22年。「編集方針は不変です。変わったのは、花森さんがいなくなったことくらい」と大橋さん.現在、約35万部で、隔月に年6回と別冊を4回発行。「ちょっと頑固だけど、暮らしにしっかりと根付いた内容であれば、これからも若い人をひきつけていきますよ」と、大橋さんは確信に満ちた表情で語る。

満腹社会の情報

 だが現在、多くの消費者を引きつけているのは「暮しの手帖」に限らない。その一つ「通販生活」(カタログハウス発行)の編集人、高遠裕之さん(41)は「すでに必要なものは家庭にそろってしまい、いまや『満腹社会』。だからこそ本当に質のいい商品を直接、消費者に届けようというのが、私たちの狙いです」と言う。82年創刊で、88年に100万部を超え、現在は約160万部。純粋な女性誌とは言えないが、定期購読者130万のうち主婦が8割を占める。「お金を払っても読みたいと思わせる商品情報と内容を盛り込んでいます」と自信のほどを見せる。
 同社では、1ジャンル1商品の販売方針を貫く一方で、商品テストを実施、「売らない商品」基準も設けている。環境ホルモンと疑われる物質を含む商品や、地球温暖化の原因とみられるフロンを含む家電製品を排除し、メーカーに対して材質についての「情報公開」を求めている。来春から熱帯雨林保護のために南洋材を使った製品も販売しない方針だ。
 「単なる情報提供だけではなく、実際に商品販売という契約関係が生じるだけに、『暮らしの手帖』よりも幅広く、厳しい目で商品をテストしています」と高遠さん。「消費者の方がすっかり成熟している。それに対応していかなくてはなりませんから」
 「暮らしの手帖」が育てた消費者の目。それをいかに応えるか、今後は雑誌、企業の生活意識が問われている。
                                                                    【池田 知隆】

2000年12月のニュースのindexページに戻る