河北−2000年(平成12年)10月28日(土)
企画特集 |
飽食、運動不足で急増 インスリン非依存型 日本人患者の大半
欧州糖尿病学会が9月、イスラエルの首都、エルサレムで世界97カ国の医師ら約8000人を集めて開かれた。先進国では人口の約5%もの患者がいると推計される糖尿病は、アジアなどの発展途上国を中心に増加が懸念されており、2010年(平成22年)には患者数は優に2倍になるともいわれている。急増する糖尿病に有効な予防策はあるのか。原因遺伝子の解明などで、変わりゆ<糖尿病研究の現状を探った。
糖尿病には、血糖値を下げるホルモンのインスリンが全く分泌されない「インスリン依存型(1型)」と、分泌はされるが体内での働きが悪い「インスリン非依存型(2型)」の2種類があり、日本人の患者の99%は2型だ。
欧米では、2型糖尿病の発症には肥満が引き金となるのが特徴だが、日本人を含むアジア人は、欧米人に比べ肥満が少ない割には発症率が高いことが研究者の関心を集めていた。
日本の患者数増加のなぞを解くカギは「倹約遺伝子」と総称される遺伝子群だ。
人類誕生の昔から常に飢えと闘ってきたヒトの身体は、飢餓を乗り切るために摂取したわずかな食物を脂肪に変え、エネルギーとして蓄える必要に迫られていた。栄養摂取が少な<ても効率よくエネルギーを燃やすことのできる倹約遺伝子は、飢餓を乗り切るには重要だったが、飽食の現代では過剰に摂取した食物を脂肪として蓄積して肥満を引き起こし、インスリンの働きを悪<してしまうらしい。
東大や東京女子医大の研究によると、農耕民族の日本人は、狩猟民族で肉食中心の欧米人に比べ栄養状態が悪<、飢餓にさらされることが多かったため、少なくとも3種類の倹約遺伝子を持つ頻度が欧米人に比べて高いことが明らかになっている。
戦後のライフスタイルの欧米化が飽食や運動不足を引き起こし、これまで成人に多かった2型糖尿病が日本の若者の間で急増している。
順天堂大学の研究グループが糖尿病が疑われる約2000人を調査した結果、20〜30代の若者は、50〜60代に比べてインスリンをより多く分秘することが分かった。
同大学の河盛隆造教授は「若者は胎児のときから栄養状態がいいため、インスリン分泌量も多くなり体質が欧米人化してきている。しかし、運動不足がインスリンの働きを悪くし、より早く糖尿病を引き起こしている」と指摘する。
倹約遺伝子を多く持つ日本人は、わずかな運動不足や軽度の肥満でも糖尿病になりやすい。
同教授は「予防にはやはり、国民が病気に対する知識を持ち、運動不足と肥満を防ぐことが重要」と話している。
★初期段階に対策を 食材など治療研究進む★
日本では約700万人の患者がいるとされる糖尿病。将釆、発症する可能性のある「予備軍」も含めれば、その数は1400万人近くに上る。しかし、糖尿病は初期段階では自覚症状がないため、医療機関で治療を受けている人は患者の約半数にすぎない。
糖尿病を放置すると、網膜症や腎臓の障害が出ることは知られているが、それ以前の予備軍や軽症糖尿病の時期に、動脈壁にコレステロールが沈着し血管が硬くなる動脈硬化症が発症し、ひそかに進行し続けることは意外と知られていない。
欧州糖尿病学会では世界的な患者の増加を受け、予備軍の発症予防に関心が集まった。
注目されたのは、薬剤の代わりに伝統的な食材を使う「代替医療」だ。同学会では、ブラジル原産の白甘藷(かんしょ)の一種「カイアポイモ」が、2型糖尿病患者の血糖値や総コレステロール値などを有意に改善したという臨床試験の結果が発表された。
発表したオーストリア・ウィーン大のベルンハルド・ルドヴィック教授は「さらなる拡大実験が必要」としながらも「発症を遅らせる効果があるため、症状の進んでいない初期患者の『ファーストチョイス』として有効ではないか」と話している。
また、英・オックスフォード大やカナダ・モントリオール大を中心とする研究グループは、2型糖尿病の予備軍をグループ分けし、糖尿病治療薬を用いて食事・運動療法のみのグループと比較。6年間で発症に差が出るか研究中だ。
★新肥満遺伝子を豪グループ発見★
人間の遺伝情報(ゲノム)の解読に伴い、糖尿病の原因遺伝子の特定が進んでいる。今学会でも新たに、オーストラリアのディーキン大の研究グループが食欲を増進する「肥満遺伝子」を発見したと報告した。
発見されたのは「ビーコン」と名付けられた遺伝子。イスラエルの砂漠に生息するネズミに豊富な食物を与えると、一部の体重が増加し糖尿病となった。研究グループはこれらのネズミの脳で活発に働くビーコン遺伝子を発見、人間の遺伝子配列と比較したところ100%致した。
そこで、人間のビーコン遺伝子からつくられたタンパク質を糖尿病でないネズミの脳に注入すると、一週間で5%体重が増加。この遺伝子が食欲を刺激するタンパク質をつくる作用があると分かった。
研究グループは現在、製薬会社と協力し、脳内でビーコン遺伝子の働きを抑制する薬剤を開発している。
★生活習慣で 発症率に差★
糖尿病の発症には、遺伝的な素因が影響する一方、遺伝子的には同じ人種でも生演習慣で発症率に差が出ることが最近の研究で明らかにされている。
特に注目されるのは、日本人と同じモンゴロイド系の「ピマインディアン」と呼ばれる北アメリカの先住民についての研究だ。
米国立健康研究所のピーター・ベネット教授らは、山奥で電気製品などとは無縁の原始的な生活を営むメキシコの先住民と、メキシコと国境を接する米アリゾナ州で、アメリカ人と同様の生活をしている先住民を調査。アリゾナの先住民は、メキシコに比ペて糖尿病になる確率が8倍であることが分かった。
同教授は「食生活の急激な変化と運動不足が原因」と話している。
★米国立健康研 ピーター・ベネット教授に聞く−人種に応じ肥満基準の変更を★
米国立健康研究所のピ−ター・ベネット教授に、アジアの糖尿病の現状や今後の課題について聞いた。
−日本をどうみるか。
数10年前は日本人には2型糖尿病が少なく、糖尿病になる確率も低いと考えられていた。ところが近年、日本も欧米と同様に発症率が増加している。
−それはなぜか。
ライフスタイルの急激な変化で、食ペ過ぎや運動不足となったのが原因だと思う。
−遺伝子の影響は。
遺伝子の変化には数千年の時を要する。戦後の欧米化で環境が変わり、これまでおとなしくしていた遺伝子の作用が表に現れてきたとも考えられる。
−予防策は。
現在、肥満の判定基準は世界共通だ。アジア人は欧米人とは体質が違うのだから、肥満や糖尿病の基準値を人種の体質に応じて下げるべきではないか。