読売新聞−2000年(平成12年)10月17日(火)

解説
論陣

   自殺者3万人 まず精神科に相談

 自殺する人が増え、胸の痛む状況になっている。最新の統計では、1998年、99年と連続して年間3万人を超した。交通事故で亡くなる人も多いが、自殺はその三倍に及んでおり、社会問題として対応を迫られている。私たちはどう向き合っていけばいいのか。                                                       聞き手・解説部 井上 憲司

高橋 祥友(ヨシトモ)氏

 東京都精神医学総合研究所副参事研究員。著書に「自殺の心理学」「中年期とこころの危機」など。47歳。

−自殺者の増加が深刻です。

高橋 98、99年と連続して33000人前後。その前の10年間を見ると平均約22000人なので、50%の増加です。

−それによって、心理的な打撃を受ける人も。

高橋 自殺が一件あれば、背後に10件の未遂があると指摘されています。さらに未遂や既遂の一件について、最低5人が心に傷を負うと推定されています。自殺は30000人にとどまらず、150万人以上が影響を受ける問題なのです。

−国際的に見ると日本の自殺は多いのですか。

高橋 人口10万人あたりの自殺者数を自殺率といいますが、90年代初めは17〜18で、ヨーロッパ諸国と比べ中位にありました。フランスより少し低かった。しかし、ここへきて26になり、高い部類に入りかけています。もちろん、自殺を防げると考えるのか、仕方ないと見るのかなど、国による文化事情の違いもありますね。

−ところで、年齢別に見るとどうでしょうか。

高橋 中年期が深刻です。50歳代は、88年から10年の平均と比べ約70%増になっています。かつては20歳代の若者と高齢者が高い自殺率を示していましたが、今は50歳前後に一つのピークがあり、その後少し落ち着いて、また高齢者で上がる形です。

−中年の方が増えたのは不況が大きかった?

高橋 そうです。年ごとの自殺率と失業率とを追うと、変動の推移が重なっています。経済変革の大波をもろにかぶっているのが中年世代でしょう。ただ、「中年の危機」は今に始まったわけではない。

−と、いいますと。

高橋 アメリカでは60年代からよく言われていますが、ライフサイクルの中で二つの大きな峠が思春期と中年期。とりわけ中年期は、子供の自立や親の世話など、自分とかかわりある人たちの問題も背負い込む。自身も社会的なポジションが見えてきたなかで、「残された人生の課題とは」といった基本的な問いかけが生じる。今までのやり方でいいのか、もう一度、自分探しを迫られます。

−その中年も、やはり男性の方が問題?

高橋 世界で認められる現象ですが、未遂は女性が多い一方、既遂は男性の方が2〜3倍多い。男性は衝動性のコントロールが悪い。困った時の助けを潔しとしない社会文化的な背景もありますね。

−で、自殺を少しでも減らすにはどうしたら。

高橋 自殺の危機は、一生の間にだれにでもあるものです。背後に、かなりの率で心の病が隠れています。自殺した人の生前を調べた報告が欧米でいくつもありますが、ほぼ9割は精神科的に何か問題を抱えていたという点で共通しています。中年では特にうつ病ですね。ところが、治療を受けていた人は非常に少ない。100%防げると断言しませんが、精神科医に相談してほしい。仕事や家庭の悩みも本人の抑うつが絡んでいることが多い。困っていると言葉で表現するだけでも、冷静に対処する一歩になるんです。自殺するしかないと極端に視野狭さくに陥った状態から、ほかの選択肢も試みてみようかと。

−しかし、精神科と聞いて、ためらう人も。

高橋 悲しいですが、実際です。精神科疾患にかかっていても、治療を受けていない人が多いのです。都道府県にある精神保健福祉センターヘの相談なら、抵抗感が少ないと思います。


−社会全体ではどん取り組みが。

高橋 アメリカでは国をあげてうつ病の正しい知識と対処法のキャンペーンをやり、カリフォルニア州などでは高校で自殺予防教育をしています。日本でもエイズ予防とか薬物依存防止の教育と同じようにできたらいいと思うのですが。


寸  言

 高橋氏は「自殺は何の対策もとることのない絶望的な状態だと安易にあきらめてしまうべきではない」と力を込めた。

 実際、新潟県松之山町では65歳以上の自殺率が400を超したため、1985年から新潟大学医学部と町の保健婦、診療所が協力して、うつ病の早期発見と治療などにあたった結果、87〜98年の自殺率は平均107へと大幅に減った。

 そして、お二人が強調したのは「生と死を考える教育」の実践。その中でデーケン氏が語った「ビフレンディング」という言葉が印象的だった。「友達になる。一緒に歩こうという意味です」。苦しみを支え合う時のキーワードだろう。

★いっぽのコメント★
 自殺者が2年続けて30000人を超えたとか。どんな事情があったのかは知らないが、残された人達のことを考えると胸が締め付けられる。本人も苦しんだのだろう。「死ぬくらいの勇気があったら……」なんて言葉はその人達の立場に立てば無力に等しいのだろう。しかし、残された人達のことまで考えたのだろうか。考えられたら死ねなかっただろう。
 これは、勿論本人だけの問題ではない。政治や経済の問題を抜きには考えられないことだ。だから、選挙を大事にして欲しい。「どうせ誰に入れたって変わらない」と諦めず、「何とかしたい」と真剣に考えている人達だっているはずだ。一人二人では力が弱かったら増やしていけば良いのだ。諦めたら何も変わりはしない。

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