読売新聞−2000年(平成12年)10月16日(月)

ホップ ステップ 健康   いま小児医療は *3

−育児休暇に手厚い保証−

 スウェーデンでは、子供が生まれてから1年間は、本来の給料の90%相当の育児手当が社会保険事務所から支払われる。このように育児休暇が経済的に保証されているのは、とても重要なことだ。実際、私の同僚でも、父親と母親が半年ずつ育児休暇を取るケースが多い。その意味で、経済的な保証が乏しい日本の育児休暇制度は、実に不十分なものだと思う。

 そもそも私自身、個人的には1歳末満の乳児を集団保育することに、あまり賛成ではない。乳児はまだ免疫系が十分に発達していないため、感染症に対する抵折力が弱いからである。

 例えば、乳児がはしかにかかると、幼児や学童と比べて、肺炎などの合併症を起こすリスクが高く、非常に危険だ。だが、はしかの予防接種は日本では1歳以降に受けることになっている。つまり、はしかに対してまったく無防備な状態なのだ。

 はしかは極めて伝染性が強い上に、潜伏期でも大量にウイルスを排出する。やっかいなことに潜伏期の症状は主にせき・鼻水・熱で、初期のうちは小児科医が診ても風邪の症状と区別がつきにくい。このため、はしかの流行期には、まだ診断のつく前の潜伏期の子供が、保育園に来ることが珍しくない。もし、無防備な乳児の集団と、はしかの潜伏期の子供が接触したら、どうなるだろうか?

 もちろん、仕事の都合で1年間の育児休暇を取れない人がいるのは、スウェーデンも同じだ。だが、どうしても育児休暇を取れない場合、子守を雇うのが一般的と聞く。このことは医学的見地から大変望ましいように思う。

 おもしろいのは、日本と違って、こちらの子守は一般的に子供好きな若者であることが多い点である。いわゆる乳母という形で、一生の職業としている人は少ない。逆に日本のように祖母が子守をすることは、まずないそうである。たいていの場合、祖母もまだ仕事を持っていて、子守をできる状況にないからである。核家族化と女性の社会進出が早期に始まったこの国では、専業主婦というのは珍しい存在なのだ。

 日本では出生率の低下が大きな社会問題となっているのに、育児体暇に対する経済的保証が不十分なのは、非常に矛盾している。晩婚化は基本的に個人の自由の問題だし、住宅事情の改善も一朝一夕にはいかないだろう。それに比べると、十分な育児手当を支給することは、はるかに実現容易ではなかろうか。スウェーデンの制度をそのまま持ち込む必要はないが、日本でも同様な育児支援策を早急に実現する必要がある。

                                 (村田 敬・小児科医、スウェーデン・カロリンスカ研究所に留学中)

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