読売新聞−2000年(平成12年)10月09日(祝)
子どもの心−中学校で
中学三年の春になって、都市部の学校から転入してきた翔子は、統率力のある優等生という前評判だった。髪形も制服の着こなしもおしゃれな彼女は、のんびりしてどことなくあか抜けない本校の生徒たちの中に入るとひと際目立った。
すぐに仲良しグループもできて、新しい環境になじんだように見えた翔子だったが、一か月もたたないうちに、学校を休み始めた。家では「学校が合わない」と言ったらしいが、「高校進学のための出席日数が足りなくなっては」と心配する親からの要望で、保健室で様子を見ることになった。翌朝から保健室に登校した彼女はあいさつもせず、机の上に教科書を広げた。それとなく様子を見ると勉強は一向にはかどっていない様子だ。
「難しいんでしょう?」と聞いてみると、絶望的なため患をつき、「なんで、この学校の生徒は、ボーッとしているようなヒトでも勉強ができるの?」「みんなで校則とかを守るの?」「先生とも仲良過ぎるし、なんか変だよ……」と日ごろ感じていたことを話した。
確かにここ数年、生徒たちは落ち着いていて、問題の多い学校から転任してきた教師のひとりは「天使のような生徒たち」と評するほどであった。まじめで気丈な性格の翔子は、「突っ張り」や「怠惰」など様々なタイプの生徒がいた前の学校では「リーダー性」を発揮できたのだろう。だが、ゆったりと穏やかな環境に変わり、自己表現の方法に戸惑っているようだ。
教師や友達など周囲の人間関係を基礎にしながら自立しようとする思春期の子どもにとって、その基盤が揺らぐ「転校」はやはり大きなショックとなる。
しなやかで優しい翔子は修学旅行、体育祭など様々な行事を通し、何とか自力で新しい環境に適応し、クラスに戻っていった。このごろでは「まじめな大ボケ」というキャラクターに徹している。無理しなければ良いが見守りながら、角が取れて丸くなった翔子に「以前のあなたもすてきだったけど、今のあなたもなかなか良いよ」と言うと、「そうかなぁ」とおどけて見せた。
(柚)