読売新聞−2000年(平成12年)10月09日(月)
週末、父親たちが幼稚園に集まり、子ども達と一緒に遊ぶ、そんな光景が見られるようになってきた。ザリガニ釣りや工作、戸外で一緒に体を動かす「パパっぽい」遊びが人気だ。
こうした場では、「自分の子とだけ遊ばない」のがルール。「他の子」と触れ合うことで我が子を客観視でき、親子関係を自然に見つめ直す機会にもなる。
「でも、うまく遊べないパパも多いのよねえ」と、ベテランの園長先生がいう。園児に囲まれ、どうして良いのか分からず突っ立ているのをよく見るからだ。遊び下手で、人減関係作りが苦手なのは、どうも今の10代ばかりではないらしい。
最近の少年犯罪取材で、ふと気付くことがある。その家庭で、地域で、父親の存在を感じないことだ。
離別しているとか、不在がちといった物理的な話しではない。毎日帰宅しているような場合でも、話しに出てこない。周囲との関係性がないので、父親が語られる必要もない。
他人事と思えない。自分だって、今のところは家庭に存在している(と思う)が、地域でどうかというと、多分に心もとない。
3回、4回と通ううち、突っ立っていた父親も遊び上手になってくるという。子どもたちが、次の登場を心待ちにするようになる。
そうして初めて、パパはそこに存在するのだろう。
(小松 夏樹)
私の父も子どもと付き合うのが苦手なようでした。しかし、勤め先の野球部の監督をしていたこともあって試合に連れて行ってくれたり、時間のある時には野球を教えてくれた。 私も小学校までは野球三昧の生活(中学生のチーム、同級生とのチーム、町内会のチームの3つのチームに入っていた)だったので、その時教えられたことはとても役立った。 私も子どもを持ち、その子どもも偶然少年野球のチームに入いった。しかし、なかなか上手になれずに悩んでいる時に教えてあげることが出来、レギュラーを取れるまでになった。レギュラーに固執したつもりは無いが、卒業の時に「一番伸びたのは服部さんの息子だったね」と他のお父さん達に皆さんに言われた時は正直嬉しかった。 スポーツに限らず、日常生活の中でも自分の能力を伸ばし、充実した生活を送るためには様々な知識や技術が必要である。これらは学校の勉強などで教えられるものでなく、日常生活の中でしか学ぶことが出来ないものだと思う。そして、それを教えるのは一番身近な人生の先輩であるお父さんだと思う。お父さん頑張って! |