毎日新聞−2000年10月01日(日)
【シドニー30日堀内宏明】シドニー五輪の柔道男子百`超級の決勝で敗れた篠原信一選手(27)に「疑惑の判定」を下したニュージーランドの審判が、日本から届く「殺してやりたい」といった脅迫や抗議にノイローゼ気味となり、ニュージーランド国外に″脱出″したことが30日、分かった。 |
柔道男子百`超級決勝の主審を努めたニュージーランドのモナガンさん(右) =シドニー展示場ホールで9月22日、川田雅浩写す |
ニュージーランド通信などによると、海外に逃れたのは決勝で主審を務めたオークランド在住の教師、クレイグ・モナガン氏。22日の決勝終了後に帰国した同氏のもとには同国柔道連盟を通じて日本からの電子メールや手紙が殺到した。「篠原選手に謝罪しろ」「柔道界から引退しろ」「ニュージーランドは憎まれる国になった」といった内容で、「お前を殺してやりたい」というものもあった。これらの抗議に打ちひしがれたモナガン氏は長期休暇を取り、妻と旅行に出たという。
男子百`超級の決勝では優勝したドイエ選手(フランス)が放った内またを篠原選手が透かし、ドイエ選手が背中から落ちた。近くで見ていた副審は篠原選手の「一本」を宣告したが、モナガン主審ともう一人の副審はドイエ選手に「有効」を与え、これが勝敗を分けた。
国際柔道連盟では審判が判定内容をメディアと話すことを禁じているが、ニュージーランド柔道連盟は「決勝の判定は公明正大だった」との声を出している。同連盟のオラーク会長は「日本人の怒りの激しさには驚いた。日本人は、特に柔道家は自制心を名誉とするのではないか。今回抗議してきた人は柔道をよく知らないのだと思う」と話している。
『篠原を汚す行為』 全日本柔道連盟 大矢喜久雄副会長(78) 今回のことは審判の技術的な未熱さが招いたことで、篠原選手をわざと負けさせようとしたわけではない。全柔連も柔道の将来のために、審判の教育についての働き掛けはする。脅迫の手紙などはかえって篠原選手の試合後の潔い態度を汚し、日本の柔道が軽くみられることになるので、やめてほしい。 |
『個人を責めるな』 東京五輪重量級金メダリスト 猪熊功・全日本柔道連盟評議員(62) 審判個人を相手に抗議や脅迫をするのは問題だ。五輪の審判はすべて、国際柔道連盟の試験に合格して審判を努めている。審判の質の向上や、誤審への対処は国際柔道連盟の責任で、個人を責めるべきではない。 |
『システムを憎め』 女子走り高跳びモントリオール五輪代表 広島市立大講師の曽根幹子さん(47) 私の競技経験でも高跳びのバーが強風で落ちたのか、体に当たって落ちたのか審判の判断が問われたケースがあった。しかし、人がやる判定に誤りはつきもので、人を憎んではならず、システムを憎まなければいけない。柔道界は、(レスリングが録画判定を採用しているように)前向きに改善する姿勢がおろそかになったのではないか。 |
『誤審報道に起因か』 五輪に詳しいスポーツジャーナリスト 谷口源太郎吉さん(62) テレビメディアが最初から「誤審」ありきで「篠原選手がかわいそう」と感情面を強調した報道を繰り返したためこういう事態が起きたのではないか。篠原選手への同情は分かるが、こうした抗議は混乱を招くだけ。選手は判定に不服は言えないことを分かって「自分が弱かっただけ」とだけ言った篠原選手の心情をくんであげるべきだ。 |
いっぽのコメント 勝負事の判定に間違いはあってはならないがそこは人間のすること、“絶対”と言うことはありえない。 この場合、確かに篠原選手は自信満々だったし、相手の選手は「やられた!」というような表情だったから“誤審“だったのだろう。 しかし、それを審判が認めない以上どうしようもないことだ。又、ビデオや抗議によって判定が覆るようでは“審判”への信用が失墜するというものだ。 誰もが意識的に判定を変えているとは思わない。思った時点でスポーツは成り立たないからだ。結果に拘るのは本人と関係者だけで良い。関係のない者達が大騒ぎすることではない。一番悔しいであろう篠原選手が耐えているのだ。この潔さ、スポーツマンシップを学ばなければならない。正義者面して嫌がらせの電話や脅しを掛けるなんて言語道断だ。人間として恥ずべき行為で、篠原選手に失礼だ。 |